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子供の頃、父親がファミコンで『信長の野望』を遊んでいたのを背中越しによく見ていた。
まだマリオや『ドラゴンクエスト』の勇者が身近だった自分にとって、プレイヤーが好きな大名となり、多くの兵を率いて戦国時代を勝ち抜いていくシミュレーションは「……怖ろしい」と思っていたものだった。
他の武将を攻め立て、配下に迎え入れたり、あるいは処断したりし、全国統一を目指す。父親は過剰に信長に感情移入していたのは、当時勤務していた企業の激務や、予想外に弱肉強食である環境のせいもあったのかもしれない。こんなゲームを作ろうなんて考えた人は、まさしく織田信長のように気性が荒い人物に違いない。その頃はそう思い込んでいた。
そんな自分が今回、『信長の野望』をはじめ、数々の歴史シミュレーションを生み出したコーエーテクモゲームスゼネラルプロデューサーのシブサワ・コウ氏にお話をうかがえる機会があるとは思いもしなかった。
こんな機会を得たのも、Game*Sparkがクリエイターへのドキュメンタリーを行うグループArchipelと協業する新企画「Cutscenes」があってこそだ。今回はシブサワ氏とArchipelが的確なインタビューをしているのに対し、Game*Spark側の筆者は、子供の頃の答え合わせをするかのように、いつになく緊張して戦々恐々とお話をうかがった。
天下統一の野心、よりもゲーム天下泰平な精神
「いま襟川(※シブサワ氏の本名。コーエーテクモホールディングス代表取締役社長襟川陽一氏)は準備中ですので、少々お待ちください」広報の方が取材陣にそう説明する間、筆者は子供の頃に抱いたシブサワ氏のイメージを思い出していた。
信長の如く、自分の作りだしたゲームこそが史上最高のものであり、他のゲームは処断してしまってかまわないと考える方だったらどうしよう?いや、確かに当時のファミコンブームでは一揆を起こすアクションゲームのように処断されてもおかしくないソフトもあったが、別の話だ。
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そんなことを考えているうちに、シブサワ氏が部屋へ訪れた。信長は南蛮物の派手な衣装を好んでいたそうだが、シブサワ氏は真逆の落ち着いた姿だった。上下を空色にまとめた、上品な印象のスーツを身にまとい、すっと背筋が伸びた綺麗な立ち姿で挨拶してくれた。
いや、実際にお話をうかがってみれば、戦国時代の大名のような言葉が出てくるのではないか?しかしそんな思い込みも、あっさりと崩れ去ってゆく。
「最近プレイしたゲームは何ですか?」取材陣の質問に、シブサワ氏はすぐに答えてくれた。「まず『サイバーパンク2077』。非常に面白かったです。それから『Ghost of Tsushima』ですね」
まさか敵情視察するように、ポーランド気鋭の企業のタイトルをチェックしているのだろうか?「このふたつのゲームは最後までやりましたね。『サイバーパンク2077』は275時間はやりました。『Ghost of Tsushima』はサブイベントまで全部やりましたね」シブサワ氏は軽やかにそう語る。「このふたつは、ずいぶんのめり込んでやりましたね」
シブサワ氏は楽しそうに受け答えする。そう、そこにはゲーム業界を天下統一したい野心というよりも、素直にビデオゲームを楽しむ天下泰平の精神があった。
それは自社のゲームをプレイするときも変わらない。「いま一番プライベートの時間にプレイしているのは当社の『三國志覇道』。朝5時からプレイして、お昼休みもプレイして、夜寝る前もプレイしていますので……」
しかも並みのプレイではない。「1つのサーバーの中で大体5、6000人がプレイしている中で、私は3番目くらいの強さなんです」
どうやらシブサワ氏は自社のゲームを、武将が部下の足軽を見定めるかのようにチェックするわけではなく、そのまま楽しんでいる。かつてコーエーテクモ公式サイトでも「『仁王2』では社内No.1のプレイ時間を誇っています」と書かれていたのを読むと、本物のようだ。
シブサワ氏からお話をうかがえばうかがうほど、どうも第六天魔王とはほど遠い印象を受ける。クリエイターとして40年を迎え、様々なタイトルを生み出した一方で「いろんなゲームを経験できました」と、半世紀近くに渡りビデオゲームの多様な進化を楽しんだという。
「面白いゲームで遊びたい、面白いゲームを作りたいのは変わらないんです」根本にはゲーマーとしての心はずっとそのままなんだという。そこには天下泰平の精神があった。
太陽の光が差したように新しい人生の道が見えた。趣味のゲーム作りが、一国一城の主へ拡大する道を拓く
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天下泰平の精神が今日まで続いているのは、もしかしたらシブサワ氏がゲームに関わり始めたきっかけが「ゲーム作りが最初、趣味だった」というのが大きいのかもしれない。
「もともと、ゲーム業界に参入しようと思って入ったわけではないんです」シブサワ氏がゲーム開発に乗り出したのは30代に入ったころ、1980年代のことだった。80年代といえば日本のゲーム業界が人気を博し、一大産業へと成長しようとする前夜である。
とはいえ80年代の始めは、まだ穏やかな頃だったのかもしれない。90年代以降、ゲームハード戦争と呼ばれ、ソニーやマイクロソフトをはじめとする様々な有名企業が本格的な業界参入を始める戦国時代から考えれば、シブサワ氏がゲームを作りはじめたきっかけは純粋なものだった。
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「趣味で、パソコンのプログラムをやっていたんです」いまでは想像しにくいが、コーエーテクモゲームスとして会社合併するはるか以前、創業時の「光栄」は染料工業薬品の問屋だった。最初シブサワ氏は、パソコンを社内の財務関係などのソフトを作り、経営の合理化に使う程度だったという。
ところが趣味のパソコンが、光栄の事業を大きく変えるきっかけになる。「ただ会社の合理化だけだと、自分のやりたいことが100%できていないような気がしたんです。仕事が終わって、夜に自分でゲームを作って遊んでいました」
最初は自分でゲームのプログラムを組み、自分で遊ぶまでで収まっていた。開発を続けていくうちに、シブサワ氏を代表するテーマにたどり着く。「歴史をテーマにした、すごく面白いゲームができたんです」
こうまで面白いゲームができあがったことで、シブサワ氏にある考えが浮かび上がった。「ひょっとしたら自分と同年代で、歴史をテーマにしたゲームを遊びたいという人がきっといるだろうな、と思ったんです」
そう考えたシブサワ氏は、制作したゲームを通信販売する。そのソフトはシブサワ氏の想像通り、見事にヒットした。それが処女作『川中島の合戦』である。
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「誰かが楽しむだろうな、と思っていたら、現金が入った封筒がたくさん届きました。日本で歴史ゲームを待っていた人がたくさんいたんです」
『川中島の合戦』は当時の光栄の本業を上回る収益をたたき出し、まさかの趣味が会社の事業に繋がった。それから40年経ったいまも、シブサワ氏は『川中島の合戦』についてこう語っている。
「やっぱりスタートになっています。趣味が本業になり、新しい人生の道に太陽の光が差したように感じました」
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『川中島の合戦』のヒットによって、シブサワ氏は「歴史のifを楽しむシミュレーション」を追求していく。最も好きな武将だという織田信長をテーマとした『信長の野望』を手掛け、光栄はさらに規模を拡大していく。
そうしてゲームファンから光栄こそが歴史シミュレーションを手掛ける雄と認識され、「お客様から“あれ”をゲーム化してほしいという要望がありました」という。それが『三國志』だった。
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「『三國志』は吉川英治さんの小説や、横山光輝さんの漫画で有名でしたし、自分でもゲームのテーマとして遊んでみたいですから」
こうして日本の戦国時代と中国の三国時代という、歴史のなかでもいまだに高い人気を持つふたつの時代のifをゲームとして仕立てるメーカーとして、光栄は不動の立場を築いてゆく。
趣味人から、まるで武将へ。各時代で勝ち残るための技術体制
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80年代に『信長の野望』、『三國志』といった歴史シミュレーションで作り上げた基盤を元に、この40年の間、コーエーテクモは激変していくビデオゲーム界でも各時代に適応した作品を送り出してきた。
90年代から2000年代に入ったころには、「ビデオゲームは趣味で開発したらそのまま業界に参入できる」ような状況ではとうの昔になくなっていた。任天堂やセガ、ソニーらを代表とするゲームハード戦争を代表に、まさしく戦国時代の様相を呈してゆく。
シブサワ氏は、ビデオゲーム業界の戦国時代に対応するために自社テクノロジーを充実させることを重視していったという。
かつて初代『信長の野望』をPCでリリースしたのち、ファミコンに移植しようとしたものの、なかなかうまくいかず5年ほどかかってしまったそうだ。シブサワ氏は、そんな経験を元に自社の技術を充実させることに注力した。
「やっぱり技術力がないと、たくさんのゲームファンに遊んでいただけないなと」シブサワ氏はビデオゲームを作る上での基盤技術を充実させる方針を固めていく。その口ぶりからは、いかに趣味人から武将の精神へと変わっていったかがうかがえる。
「基盤技術を自分たちでマスターしていないと、これからの競争に負けてしまうとはっきりと認識したんです」光栄では、自らの得意ジャンルを名前に付けた“シミュレーション研究所”という社内の組織を立ち上げ、自社製のゲームエンジンの研究に着手した。
「いわゆるゲームのフレームワークを作っていこうと思ったんですね。それがどんどんどんどんできていきました。シミュレーション研究所は“技術支援部”と名前が変わり、いまは“フューチャーテックベース”といって、将来に向けての技術基盤を作っています」
現在、70名のスタッフが自社のゲームエンジンを開発しているという。シブサワ氏はそうした体制があるからこそ『無双』シリーズや『仁王』シリーズ、そして歴史シミュレーションゲームを、全世界にマルチプラットフォームで同時発売できるということを語ってくれた。
「その技術力がゲームビジネスで勝ち残っていくための、1つの大きな要素になっていると認識しており、今後もどんどん強化していきます」
コーエーテクモの今後の目標でも、これからのテクノロジーを見越した展開を考えているという。5Gを使った、マルチプレイヤーのゲームをどう扱うか。いまも作られ続けているVRやARの表現にどう関わるか。こうしたテーマに対応していくつもりのようだ。
妻であり、会長である襟川恵子氏と会社を広げていくこと
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ここまでと時間が前後するが、コーエーテクモ本社に足を踏み入れたときから同社へのイメージが書き変わる感覚があった。
筆者は小学生から中学生くらいまで、長らく光栄という会社は、信長が治める尾張の国のように想像していた。圧倒的な男性主義的な企業で、社員を合戦へ向かわせるように滅私奉公で開発へ従事させることで、某紙のクロスレビューで高得点をたたき出してきたのではないか……それはもちろん思い込みすぎだとしても、ゲーム会社にありがちなムードはそこにはなかった。
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社内に入ると、現代的なビルの外観から一転し、まるで60年代のアートハウスみたいな内装が広がる。廊下や部屋の中にはドローイングや版画といった美術作品が飾られており、中にはフランスの画家、モーリス・ユトリロの作品まで壁にかけられている。
社内の落ち着いたレイアウトからは、教養あふれる雰囲気があった。こうしたレイアウトを指示した人物こそ、コーエーテクモホールディングスの代表取締役会長を務める襟川恵子氏(以下、恵子氏)である。そう、コーエーテクモは日本国内では極めて少ない、女性が代表を務めるゲーム企業としても有名だ。
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恵子氏は最初から経営に携わったわけではない。光栄がゲーム開発の乗り出した当初は違っていた。シブサワ氏のゲームのアートワークを担当していた。
「ゲームの中のビジュアルや、オープニング、キャラクターや背景、コマーシャルのデザインなどは会長の襟川(恵子氏)が手掛けています。もし彼女がいなかったら、ひどいコンピューターグラフィックスやパッケージになったと思います(笑)」
処女作の『川中島の合戦』でも、襟川恵子氏は多摩美術大学デザイン学部にて学んだ技術を生かしてジャケットのデザインを行ってきた。シブサワ氏が木の幹や根となるゲームデザインを行うならば、まさしく襟川恵子氏はアート面にて花や枝葉を彩ってきたと言えるだろう。
やがて襟川氏はアート面に留まらず、コーエーテクモの経営面でも存在を発揮。国内のゲーム業界で数少ない、トップを務め経営に携わる女性へと成長してゆく。
しかも彼女の活動は多岐に渡る。「ゲームビジネスで生まれた収益を、ただ銀行に預けているのではなく、株式市場や債券に投資をし、運用益を出して、新たな収益源としています」シブサワ氏はそう語ってくれた。実際、日本経済新聞社が運営する投資金融情報紙「日経ヴェリタス」が特異な投資のトピックスとして、襟川恵子氏へインタビューを行うほどだ。
コーエーテクモゲームスはそうした投資による運用益も本業と同じくらいの成果をあげ、驚くべき決算となっている。襟川恵子氏は当初のアート面をはるかに越え、いまでは会社の地盤を強く固めるようになったのである。
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シブサワ氏も今日のコーエーテクモゲームスがあるのは、彼女の存在なしにはありえないことを認めている。「そういう協力がなかったら、ゲームソフト会社としての光栄や、その後のコーエーテクモゲームスは存続しえなかったのははっきりと断定できます」
「家族の幸せあってこそ」の仕事。コーエーテクモゲームスの社風
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「実際に家族の協力があって、はじめて成し遂げることができるというのは私の経験から非常に強く感じています」
シブサワ氏は、恵子氏をはじめとしたプライベートと仕事についてそう語る。そのスタンスは、コーエーテクモの社風にまで繋がっている。それは働き方改革などが語られる状況を先行しているかのようだ。
自分が大人になり、ライターとしてゲーム業界の人々を取材するようになってからは、光栄に対して勝手に思い込んでいたような「ゲーム戦国時代」みたいなものはなくなった。……かに思えたが、実際の取材を重ねていくと、ゲーム業界はいまだ戦国時代のように開発に取り組んでいる事実を国内外の会社で見聞きするようになる。
たとえばスタッフが“クランチ”と呼ばれる、ゲーム開発終盤の追い込みでプライベートを犠牲にして開発に力を注いでしまう出来事は、まさしく戦場の最中のようだ。『The Last of Us』シリーズで有名なノーティドッグをはじめ、業界ではクランチが取り沙汰されている。世界各国の開発会社が、スタッフを追い込むことでMetacriticの平均スコアを上げる戦国時代であることに気づかされてゆく。
かような戦場にて、スタッフが会社から離職することも少なくない。ところがコーエーテクモゲームスでは、公式サイトでの襟川恵子氏のインタビューによれば少なくとも国内のゲーム業界を含む情報通信産業全体では、入社から3年後の離職率は11.4%を記録する中、2020年時点で同社の数字は3.1%に止まっているのだそうだ。育児休暇制度の充実など手厚い福利厚生制度も、寄与していることは間違いないだろう。
「光栄をスタートした頃から、“好きなことを一生懸命やる”にはまず家庭の幸せがあって、はじめて自分のやりたいことに打ち込んでいけます。その点は社内でも役員や社員に同じことは常に話しています」そこには古の戦国時代どころか、未来の企業が目指すべき理想があった。
40年以上ゲームを作ってきて、いま興味を持っているのは「ストーリー」
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シブサワ氏から話をうかがえばうかがうほど、ゲーム業界が陥る“戦国時代”の切実さからなるべく距離を取ろうとする姿が見えてきた。なにより70代を過ぎた今も、経営者やクリエイターである以前にゲーマーであり続けている事実が凄い。
「私はゲームが大好きなので……時間があったらゲームで遊んでいます。土曜や日曜は身体を動かしたいのでゴルフをやっていますね。18ホールあるので、約10キロほど歩くんですね。スポーツはそれくらいです」
しかもその語り口からは、ライバル会社のチェックだとか、今のトレンドを研究するみたいな気配がまったく感じられないのだ。
「空いている時間はほとんどゲームをやっているか、漫画を読んだりアニメを観たり、Netflixで映画やドラマを観たり……。まあでも7、8割はゲームをやっていますね。YouTubeでさまざまな人がゲームの解説するのを観るのも面白いですし、天才的なゲームプレイヤーの超絶的な技で勝ち上っていくのも面白いです」
これが20代や30代のゲーマーではなく、国内屈指の大企業の70代となるトップから語られるのである。シブサワ氏がビデオゲームを趣味として作り始めたころから、楽しむ心はどうやら変わらないようだ。
そんなビデオゲームへの40年に及ぶ関わりのなかで、いまシブサワ氏がゲームのアイデアとして興味を持っているものをうかがってみた。
「さまざまなゲームジャンルを経験して作ってきましたが、最近はストーリーに興味を持っています。冒頭にもお話した『Ghost of Tsushima』や『サイバーパンク2077』もストーリーが素晴らしかったです。そういうストーリーに非常に魅力があるゲームをどう作っていくかを考えています」
シブサワ氏は近年で、ストーリーの要素に注力した作品に『仁王』シリーズを挙げた。当初の発表から12年がかりでリリースに至った、紆余曲折を経たタイトルだが、長くかかった分、ストーリーを練り上げたことが印象深いようだった。
「ストーリーは、日本の歴史をベースに重厚な戦国のファンタジーに仕上げました。12年かかっていますからストーリーを磨き上げていったんです。プレイヤーの方がただ単純に戦うのではなく、ストーリーに沿った形で楽しんで戦ってくださる。ストーリーと直結したところが自分でも面白さを感じ取れたので、その重要性を強く感じました」
『仁王』は社内のシナリオ担当部門だけではなく、脚本家や小説家にもストーリーへの意見をもらい、磨き上げていったそうだ。シブサワ氏はそうしたプロセスを経験しながら、ビデオゲームにおけるストーリーの重要さを感じていった。
「その結果、当社が開発した『ファイアーエムブレム風花雪月』はファンの方々からストーリーが素晴らしいと絶賛をいただいて、Metacriticでも高い点を取りました。アメリカのゲームファンからもストーリーをお褒めいただいてますので、コーエーテクモゲームスはシミュレーションやアクションの会社と思われがちですが、最近はストーリーにも力を入れていることを知っていただきたいな、と思います」
いや、やはりそこに信長はいた
コーエーテクモゲームスの今後の展開についてもうかがってみた。たとえば『ジルオール』や『太閤立志伝』といったタイトルを再び手掛けることはあるのだろうか?
「あると思いますよ。20年前、30年前に人気のあったゲームをリメイクやリブートすることは十分考えられます。『モンスターファーム』もスマホやニンテンドースイッチ版を出して人気が再燃していますし、そういう形でリバイバルするのはいろんな部門で始めています。なので、いずれ『ジルオール』がそうなる可能性も0ではないと思います」
また、近年では他社と共同したタイトルも増えている。任天堂と組んだ『ゼルダ無双厄災の黙示録』のほか、最近ではスクウェア・エニックスと組み『STRANGER OF PARADISE FINAL FANTASY ORIGIN』(以下、FFオリジン)の開発が発表されている。これからもこうした協業も続くのだろうか。
「ますます増えていくと思います。と言いますのは、2021年のE3でスクウェア・エニックスさんが発表した『FFオリジン』では、『仁王』で培った高難度のゲームの仕組みを生かしています。ああいった形で新しいIPを他社さんと作っていく機会はどんどん増えていくと思いますし、当社の持つ『無双』シリーズやシミュレーションゲーム、ガストのRPGなど、積極的にコラボを進めていく予定です」
シブサワ氏から広くお話を伺い、筆者が子供の頃に思い込んでいた旧来の戦国時代みたいな企業イメージは完全に霧散していった。それどころか、会社のあり方からゲーマーとしてのあり方まで、むしろ未来の可能性が提示されている。
そうか、かつて自分が『信長の野望』を遊ぶ父親の背中の後ろで怯えながら考えた、作者の姿とは、織田信長とは遠いはずの人物だったんだ……そう結論付けた後である。最後の質問に「経営者としての目標」をうかがったところ、遠ざかったはず信長のイメージが、再び戻ってきたのである。
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「経営者としての目標ですか。世界ナンバー1のデジタルエンタテイメントカンパニーになろうというのがコーエーテクモグループの長期ビジョンですので、そのビジョンを実現していくのが私の夢ですね」
そう、やはり企業の目的は天下を取ることだ。「現在はワールドワイドで上場しているゲーム会社のデジタルエンターテイメント部門の順位は、当社は23位なんです。頑張ってベスト20の中に入って、それから次はベスト10を目指します。そのためには、『仁王』が300万本を越えましたので、次は500万本を越えるタイトルを実現したいですね」
丁寧な言葉遣いのなかに確かな野心があった。筆者はインタビューの最後に考えを改めた。ここにいるのは現代に適応した信長なのだと。「もし織田信長が現代社会のコンプライアンスを守ったら」その仮説が、目の前にいた。
そんなシブサワ氏が手掛ける最新作こそ『信長の野望・新生』である。本作についてシブサワ氏は、作りこもうとする点をこう語った。
「AIをもっと活用させていきたいです。生き生きとした戦国時代を再現したいと思っていて、データ上の武将じゃなくて、AIによって生きた武将たちを表現したいと思っています」ゲーマーとしての精神と、経営者としての精神が混ざり合った野心は、衰えることなく続いているのである。