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海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は日本語翻訳が正式リリースされたハードコアFPS『Escape from Tarkov』の公認日本語翻訳ボランティアチームに話を訊きました。
日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。
有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。
連載第16回は、『Escape from Tarkov』公認日本語翻訳ボランティアチーム(以下、翻訳チーム)に話を訊きました。インタビューに応じてくれたのはリーダーの狐峯太一氏と校正班リーダーのY.H.氏です。翻訳チームはボランティアで翻訳を行い、その成果は公式日本語訳として採用されています。
前代未聞の自己紹介
――『Escape from Tarkov』とはどのようなゲームですか?
狐峯太一氏(以下、敬称略)広義にはオープンワールドFPSですが、今はまだ箱庭ですね。数キロ四方のマップに8人程度が放り込まれて、各々が目的地に向かいます。
Y.H.氏(以下、敬称略)ロビーから出撃するマップを選んで、マッチング時間を経てPvPvEが始まる感じです。これがマップ選択画面になります。
狐峯デベロッパーはこのマップが将来的にはすべて繋がると言っています。
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――本作のデベロッパーはロシアのBattlestate Gamesですね。本作の魅力はなんですか?
Y.H.とにかく硬派なところです。他のFPSよりもかなり死にやすく、死んでしまえば持っていたアイテムはすべて失います。お腹も空けば喉も乾く。一般的なFPSで表示されるようなユーザーインターフェイスがまったくないので、残弾数や体力の管理も別途操作が必要になります。かなりストレスのかかるゲームですが、だからこそ敵を倒してアイテムを奪ったり、偶然レアアイテムを見つけて無事に持ち帰れたりした時は爽快です。
狐峯他にはない緊張感ですね。足音がするたびにガタガタ震えてしまいますし、逆に命からがら脱出したときの安堵感が癖になります。
――本作の有志翻訳に携わるようになったきっかけはなんですか?
Y.H.設定言語に日本語があればもっと多くの日本人にプレイしてもらえるはずだと思ったのがきっかけです。本作は言語の違いが大きな壁にはならないゲームです。やることと言えば、荒廃した架空都市をさまよって敵を撃ち、ゴミを漁り、脱出するだけですから。それでも日本語がないからという理由でプレイを諦めている人々へ手を差し伸べられればと思い、翻訳チームに志願しました。
狐峯昔から『Battlefield 1942』、『Red Orchestra: Ostfront 41-45』、『ARMA』、『Operation Flashpoint』、『S.T.A.L.K.E.R.』といったやや東に偏ったゲームをよくプレイしていました。その流れで本作にも興味を持ち、ハマったという形です。本作はかなり初期からプレイしていましたが、ゲームは英語でプレイする派なので翻訳にはまったく関わる気がありませんでした。
――それがどのような経緯でリーダーになったのですか?
狐峯初期の多言語対応は、ユーザーが自由に訳を提案したりレビューしたりできる参加型翻訳サイトで行われていました。その中で活動の盛んな人が志願して各言語の管理者となり、訳語の修正や統一を行う。つまり、コミュニティの善意に頼る仕組みだったのです。しかし、そこで日本語の管理者に選ばれた方は翻訳に対するこだわりが強く、原文にない文を大幅に加筆したり、異を唱えた他のユーザーを追放したりしていました。
――その時点ではまだ翻訳に参加していなかったのですね。
狐峯私は海外のゲームを英語でプレイするので他人事でした。しかし、さすがに自分の好きなゲームがこうした事態に見舞われることは快く思わず、強く非難しました。“ネタにした”と言う方が正確かもしれません。これに関しては批判を受けても仕方がないと思います。
また、デベロッパーの問い合わせ窓口に翻訳のサンプルを送り、「こういうことが起きているが把握しているか。」、「英語は得意なので何かあれば協力させて欲しい。」と伝えました。協力については半分社交辞令のつもりでしたが、気がつけばそのまま翻訳チームに参加していました。
要するに、いったん炎上沙汰があってリーダーを引き継いだという形です。
――事情があることは承知していましたが、インタビューの冒頭で語られるとは思いませんでした。
Y.H.私もここまで語られるとは思いませんでした。
狐峯申し訳ありません。参加の経緯を説明すると、どうしてもこうなってしまうのです。
――経緯を記事として公開しても問題ありませんか?
狐峯全部インターネットの大海原に公開して構いません。恥ずかしいことはしましたが、間違ったことはしていないと思います。私に関しては、むしろ他の有志翻訳にとっての他山の石にしていただければという気持ちです。
――ありがとうございます。リーダーの交代についてはインタビューの後半で詳しくお訊きします。
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――なぜボランティアで活動しているのですか?
狐峯好きなゲームのデベロッパーが困っていたからという気持ちが半分。残りは、関わった手前引っ込みがつかなくなったというのが正直なところです。
Y.H.ボランティアで活動しているというよりも、参加した作品が偶然ボランティアでの契約だったというだけですね。おかげで好きなゲームの設定言語に日本語を追加できたので不満はありません。
――もしデベロッパーが報酬を提示していたら、それは受けましたか?
狐峯迷わずもらっていました。ちなみに、実際にもらったのはTシャツと帽子、ゲーム内のモシンナガンとPPShをそれぞれ5丁です。
Y.H.同じく、喜んで頂きますね。Tシャツと帽子は私ももらいました。部屋着にしています。
――有志翻訳に一番必要な能力はなんだと思いますか?
狐峯翻訳だけであれば、なにより母国語の国語力。プロジェクトを回すという意味であれば、コミュニケーションを取る能力です。
Y.H.同じく、コミュニケーション能力だと思います。疑問に思ったことは素直に共有して解決し、翻訳に関して反対意見があるなら対案を示す。話し合いから良い翻訳案や校正案が生まれることは多々あります。常に一人で仕事をしたいという場合を除けば、コミュニケーション能力は何より大事だと思います。
――国語力が必要なのはどんなときですか?
Y.H.キャラクターの語彙を考えるときです。作品に出てくるキャラクターにはそれぞれの生い立ちがあり、性格も違えば知識量も違います。理知的で静かに話す大人、高圧的で厳かな上流階級の人、わんぱくで何も知らない子供。そのセリフを話す人物によって、英文をどう訳していくか深く考えなければいけません。そのようなときに国語力は大いに必要です。
狐峯微妙なニュアンスや感情を出すときです。例えば、普段は冷静な人物があくまで静かに、だが怒りを抑えきれない口調で話す場合ですね。「あいつらにはもう我慢できない。厳しく対処してきて頂戴。」というセリフが殺害依頼であることを伝えるには日本語の表現力が問われます。
作品の雰囲気まで届けるために
――現在の翻訳チームはどのように結成されましたか?
Y.H.最初の翻訳チームが解散しそうになったとき、残ったメンバーでなんとかチームを立て直そうと思いました。そこでデベロッパーから英語に精通している狐峯さんを紹介していただきました。その後、TwitterやEmissary(各国のプレイヤー代表)を通じてメンバーを募集し、なんとか新体制で翻訳作業を再開しました。
狐峯参加型翻訳サイトに投稿していた人にも事情を説明して協力を求めました。きっかけはどうあれ全員志願したプレイヤーです。
――翻訳者同士のコミュニケーションはどのように行われていますか?
狐峯やりとりは主に専用のDiscordサーバーで行っています。意見が分かれてどちらにも理があるときは、Discordのリアクション機能を利用した投票で決めます。翻訳方針については、あまり割れなかったのが幸いでした。クエスト名を翻訳するかどうかくらいですね。
Y.H.多数決が一番お互いに納得できますからね。固有名詞を翻訳するかどうかの方針もすぐに決まりました。
――日本語に翻訳するか英語のまま残すかはどのように判断しているのですか?
狐峯雰囲気を損なわないこととプレイの支障にならないことのバランスを取っています。雰囲気に直結するユーザーインターフェイスは極力英語のまま残しました。アイコンもありますしね。一方で、INSURE(保険適用)のように理解できないとプレイの支障になる部分は日本語に訳しました。
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狐峯クエスト名や脱出地点はあえて英語のままにしています。本作には攻略情報や動画サイトを見ないとクリア困難なクエストが多数あり、安易に訳すとかえって支障が出ると予想されたからです。例えば、“Operation Aquarius”を「みずがめ座作戦」のように訳すこともできますが、検索の邪魔になってしまいます。
Y.H.私はどちらかと言えば、公式日本語版として世に出ている作品の翻訳スタイルが好きなんです。『Grand Theft Auto』シリーズや『Call of Duty』シリーズでは、ミッション名やキャラクター名まで完全に日本語として翻訳していますよね。しかし、数々の作品を追って行く中で、有志翻訳ではこうした固有名詞を翻訳しないのが主流だと気づき、そのスタイルに合わせて翻訳をしていく形になりました。
――他にもゲームの雰囲気を損なわないために気をつけていることはありますか?
狐峯セリフ回しについては、一次訳、二次訳を経て校正や統一を行います。最後は、ボイスチャットで一つ一つ「ここの言葉遣いは乱暴すぎないか?」、「部下を殺されて怒っているからこのくらいで良いと思う。」などと話し合いました。
Y.H.私たち校正班の主な仕事は、その二次訳についてあれこれ検討することでした。一次訳をもとに文法や誤字脱字のチェックをするのはもちろん、多くの議論を重ねてキャラクターにふさわしい知識と語彙、話し方を探っていきました。
――セリフを翻訳するためにキャラクターの考察まで行っているのですね。
Y.H.本作に登場するキャラクターは癖のある人物ばかりだったので、世界観が崩れてしまわない程度にキャラクターを立たせたかった意図もあります。
狐峯デベロッパーから簡単なキャラクター設定が提供されたので、それも踏まえて訳しました。出身はカフカスのあたりといった小さな設定です。
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――翻訳チームとデベロッパーはどのような契約関係にありますか?
狐峯秘密保持契約を結んでいます。実装前のテキストやショートムービーの翻訳も行うため、リーク対策ですね。
――秘密保持契約はリーダーが代表して結んでいるのですか?
狐峯各々が結んでいます。デベロッパーに本名と住所と本人確認書類のコピーを渡して、契約書類に電子署名しました。全員そうしているはずです。契約書面は英語なので、ある意味一番神経を使って読みました。
Y.H.生まれて初めて電子署名というものをしたので、かなり緊張しましたね。
――翻訳チームとデベロッパーはどのように連絡を取っていますか?
狐峯私を含むメンバー5人くらいにTelegramのグループ連絡が行くようになっています。Telegramはロシアで使われているアプリで、日本のLINEのようなものです。なぜか私にだけ直接「この単語の訳わかる?」といったメッセージが飛んで来ることもあるので、ちょっと責任は重いですね。
――公式フォーラムのフィードバック用スレッドはなんのために設けているのですか?
狐峯第一に、我々だけでは手が回らないところの指摘を頂くためです。第二に、提案や批判を聞き入れる場を設けることで、翻訳の中立性を多少なりとも確保するためです。作業過程をすべて公開することで透明性を高められれば良いのですが、アップデート前には未公開テキストを扱うため、それはできません。経緯が経緯ですし、「新しい翻訳チームも好き勝手に訳しているのではないか?」という疑いは持たれたくなかったのです。
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――翻訳にはどのような辞書やツールを利用していますか?
狐峯Google検索で出てきたサイトを複数見る感じです。Weblio辞書や英辞郎 on the WEBですね。ただし、怪しい部分は例文まで見て用法を確認した上で訳しました。
Y.H.私は校正班なので、Weblio類語辞書を使っています。英語に関してわからないことがあれば、狐峯さんをはじめとする翻訳班に逐一質問しています。元の英文をDeepL翻訳とみらい翻訳でそれぞれ翻訳して、どんな言い回しになるかの検証もしていますね。たまに非常に良い言い回しを出力してくれます。
狐峯逆に、私は機械翻訳を使わないようにしています。特にDeepL翻訳は人間らしいミスや読み飛ばしをしてくれるので、チェックに使うのは怖いです。
Y.H.もちろん、機械翻訳にすべてを頼っているわけではありません。最終的に翻訳班にも校正した文章を確認してもらっているので、今のところは大丈夫そうですね。
――翻訳がゲームに正しく反映されているかの検証はどのように行っていますか?
Y.H.実際にゲームをプレイして検証しています。事前に確認できないので、アップデートが来るたびにドキドキしながら確認しています。
狐峯マップ名で、翻訳せずに英語のまま残すはずの“THE LAB”が「研究所」になっていた失敗があります。
――冒頭のスクリーンショットに写っていましたね。
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Y.H.今も直ってないじゃん!
狐峯え?
Y.H.これ昨日撮ったやつですよ。デベロッパーに報告しなきゃまずいですね。
狐峯巻き戻りやがった……。
Y.H.滅茶苦茶巻き戻ることがあるんですよね。
狐峯とまあ、こんな感じです。こういうことがあるので、たまに全ファイルをもらって私が手動で突合した上で、巻き戻っている部分を直して、「これで全部上書きしてくれ。」と依頼しています。