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※デベロッパーとは関係ない現地写真です。
ロシアによるウクライナ侵攻は、ゲーム業界にも大きな影響を及ぼしています。Game*Sparkではその実情を様々な視点からお届けすべく、ウクライナやロシア、さらには直接的な影響も及ぶであろう周辺国を拠点に活動するインディーゲーム開発者に連絡を取り、その生の声を緊急連載としてお伝えしています。第七回は、『The Sinking City』や『Sherlock Holmes Chapter One』などで知られる、キーウ本社のインディースタジオFrogwaresのCEOであるWael Amr氏へのミニインタビューをお届けします。
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インタビューは全てメールで行われており、下記の質問に対して回答を求めました。非常に機微に触れる内容であることから、企画趣旨や記事のアウトプットについては事前に説明をしたうえで、そもそも回答するかどうか、また回答できる質問にのみ回答してもらえれば構わないというルールで打診し、了解を得られたもののみ記事として公開しています。
今はどちらにいらっしゃいますか?そちらは安全ですか?現在の状況を教えてください。
電気、水、ガスといったインフラの状況は?食料などの生活必需品はお店で手に入りますか?仕事はできる状態ですか?
国内のゲーム開発者コミュニティとは連絡が取れていますか?すでに国外へ避難した人もいるのでしょうか?
一部のデベロッパーがSteamがウクライナの銀行への送金を一時停止した旨を述べています。その影響を受けていますか?
国家総動員令が発令されているが、戦闘に加わるメンバーはいるのか?どのくらいの強制力があるのか?
多くのゲーム業界関係者やゲーム会社がウクライナへの支援を表明しているがどう思うか?
今、日本を含む世界の人々、そしてゲーマーに伝えたいことは?
なお、本インタビューの返事を受け取ったのは日本時間3月22日4時32分です。状況が時々刻々と変化していますが、回答には極力手を加えず、一部誤解を招きそうな部分は編集の注釈をつける形で補足するというルールで連載しています。
各回答はインタビュイー個人の見解であることをご理解のうえご覧ください。
緊急連載「戦時下のゲームデベロッパーたち」――今はどちらにいらっしゃいますか?そちらは安全ですか?現在の状況を教えてください。
Wael Amr氏(以下Wael)開発チームのメンバーはウクライナの各地にいますが、すでに他のヨーロッパの国に避難した者もいます。現在、多くのメンバーはキーウかウクライナの西部、リヴィウの近くにいます。しかし今日「安全」と言える場所が、明日にはそうではないかもしれないような状況なのです。
キーウは力強く耐えていますが、ロシア軍はすでに消耗戦に入っており、マリウポリのような他の場所でしていることを見るとゾッとします。この週末、キーウ中心地にある巨大ショッピングモールが長距離ミサイルで攻撃されました。軍事的な価値はまったくありません。ただ人々を飢えさせ、殺すためです。ウクライナ西部のリヴィウとその周辺のエリアには多くの人が避難しており、最も安全と考えられていますが、数日前にはミサイルが初めて着弾しました。
とは言え、開発チームを見ても、国内全体を見ても、まだまだ強い活気が感じられます。一般市民として、私たちはただ最大限に生き抜こうとしており、これがロシア軍に大きな中指を立てているということなのです。そしてウクライナは、この戦争を降伏という形で終わらせないという固い決意を持っています。
――電気、水、ガスといったインフラの状況は?食料などの生活必需品はお店で手に入りますか?仕事はできる状態ですか?
Wael開発メンバーの多くはまだ比較的穏やかでウクライナ政府によって統治されているエリアにいますので、最低限のものはありますし、リモートで仕事をすることは可能です。食料も手に入りますが、何が手に入るかは場所によりますので、誰もが自分たちにできる最大限のことをしています。電気も同様です。私たちの仕事の一番妨げになるものは、サイレンが鳴るたびに防空壕に避難しなくてはいけないということです。軍は出来る限り早く私たちに警告してくれるものの、どこにいるかによりますが、日に3~4回は隠れる必要があります。
今、開発チームは業務にある程度戻れるよう最善を尽くしています。戦争が始まる直前、私たちは『Sherlock Holmes Chapter One』のDLCとスイッチ版がほぼ完成していましたので、可能な限り最善の形でこれらをリリースしたいと思っています。これらは主に外国に避難し終わったメンバーや交戦地帯から逃れられたメンバーがやっています。
※編集部注:『Sherlock Holmes Chapter One』のPC向けDLCは本日無事にリリースされている。
――国内のゲーム開発者コミュニティとは連絡が取れていますか?すでに国外へ避難した人もいるのでしょうか?
Waelはい、他のいくつかの開発チームや開発者とは連絡が取れています。しかし国内のどこにいるかにより、それぞれの状況は異なります。主に女性は私たちのメンバーも含め、すでに西側の国境まで逃れるか、そうでない者も出来る限り早く逃れられるよう、計画を立てています。人によっては家族を残していけないことから、国内に残ることを決めた者もいます。どちらの選択も、大きな犠牲と勇気を強いるものです。このようなひどい選択を迫られるということが、本当に恐ろしいです。
――一部のデベロッパーがSteamがウクライナの銀行への送金を一時停止した旨を述べています。その影響を受けていますか?
Waelはい、私たちのチームもSteamから同じ連絡を受けました。可能な限り早くこの問題を解決できるよう、Valveと話し合っています。
――国家総動員令が発令されていますが、戦闘に加わるメンバーはいるのでしょうか?また、どのくらいの強制力があるのでしょうか?
Waelはい、私たちのメンバーのうち、軍隊経験のある数人は自ら進んで武器を取りました。彼らの安全を考慮し、私から言えるのはそれだけです。今のところ、自ら志願した人以外が徴兵されるようなことはありません。
18歳から60歳の男性はウクライナを出国することができない、という状態にはなっていますが、意志に反して徴兵するようなことはありません。嘘で塗り固められた侵略者から帰る場所と家族を守るために戦っているのですから、戦う意欲のある人はとても多いのです。
――多くのゲーム業界関係者やゲーム会社がウクライナへの支援を表明しているがどう思うか?
Wael私たちのため、そしてウクライナのための支援については本当に感謝しています。戦争という悲惨な状況において、世界は私たちのことを忘れていなかったんだという希望の光になっています。
――今、日本を含む世界の人々、そしてゲーマーに伝えたいことは?
Waelロシアによる侵略を非難し、ロシアへの圧力をかけ続けていただけていることに、ウクライナ国民のすべてが日本人を私たちの友人だと思っています。私たちが「兄弟」と呼べる国であっていただき、ありがとうございます。
皆さんには、この戦争について毎日話していただきたいです。SNSでこの戦争についてシェアし、この戦争がフロントページを飾り、この戦争を皆さんの心の中に刻み込んで欲しいのです。今ロシアに対してかけられている圧力は様々な形で効果が出始めています。しかし、まだまだ必要です。この「雪玉」を徐々に大きくし、「雪崩」を引き起こさなくてはいけないのです。そしてロシアが様々な手を使って隠そうとするその影響を打ち破らなくてはいけないのです。
また、ウクライナのためへの寄付もお願いしたいと思います。この戦争はすでに電撃戦ではなく、長い戦いに突入しています。プーチンの決意と戦争犯罪が崩壊するまで持ち堪えられるかが勝負なのです。ウクライナ政府がどのようにウクライナを支援できるか役立つリンクを投稿しています。
私たちの会社の未来は、この戦争の結果に大きく左右されます。私たち全員が、自由で独立したウクライナで働き、暮らしていきたいと思っています。ウクライナこそが私たちの故郷であり、私たちが生きる場所なのです。この国の未来が、私たちの未来を決めるのです。
現在、国内外のデベロッパーや関係者から情報提供があり、今後も返答が得られ次第記事にしていきます。
緊急連載「戦時下のゲームデベロッパーたち」編集部より(3月18日一部更新)
連載の趣旨について
かつてGame*Sparkでもインタビューしたデベロッパーが現在の状況をどう思っているか、そのままの状態で記すことには意味があるものと判断し、1デベロッパー1記事という形で掲載しています。過去のインタビュー対象がロシアのデベロッパーが多かったこと、被害の状況から勘案してもインタビュイーの比率は同数にならないかもしれませんが、今は数多くの生の声を聞くことにフォーカスしてお伝えしていくつもりです。また、連載が反響を呼び、複数の関係者からこれまでコンタクトがなかったデベロッパーも紹介してもらえました。今後はこれまでインタビューしてきたデベロッパー以外の声もお届けしていきます。
なるべく偏りが少なくなるよう努力はしますが、そうならない可能性もあること、それが即ちロシア側の声を意図的に多く拾うといった、特定の政治的な意図を込めているわけではないことはご理解いただけると幸いです。あくまで本企画は、突然の戦火に巻き込まれてしまったデベロッパーがどのような状況に置かれてしまったかを、彼・彼女らの視座から語ってもらいそのまま伝えることを目的としており、ゲームとも関係の深い両国あるいはその周辺国で作られた海外ゲームを嗜む読者の皆様が現状を把握する一助になればと思っています。
掲載内容について
冒頭にも記載しましたが、あらかじめ企画の趣旨や記事のアプトプットについては全てインタビュイーに伝えた上で掲載しています。同意が得られなかったものや自身の身の安全を懸念し断られるケースも多数ありますが、いずれの質問についても本企画においては必要なものと編集部では判断しており、趣旨の通りまとめていることをご理解ください。
基本的にインタビューの内容についてはほぼ逐語訳であり、こちらから発言にないことを加筆したり、何かしらの発言を誘導したりすることはありません。一方で、そうしたスタンスが故に今後過度に政治的な内容になる、逆にプロパガンダ的な内容になるという可能性を秘めていることは編集部内でも事前に認識しており、掲載にあたっては慎重に議論を重ねています。また、デベロッパーに対しては、必ずしも政治的なスタンスを明かすことは求めておらず、無理矢理に態度を鮮明にすることを求めたり、回答の有無やその内容について善悪の判断をしたりしないということも伝えています。あくまで本連載の趣旨は前掲のとおり「当事者それぞれの視座から現状及び認識を語ってもらうこと」であり、回答の如何を含めてそれを残しておくことには意義があるものと考えています。
なお、ウクライナのデベロッパーについても複数のデベロッパーに連絡をしており、ようやく関係国や未だキーウ(キエフ)で活動を続けるというデベロッパーともコンタクトが取れました。返答が得られ次第随時記事化予定です。
編集方針について
本連載のように毎回デベロッパーにインタビューで政治的な事柄についてスタンスを明示させるようなことは望んでいませんし、話の流れで可能性はあれ、通常のインタビューのスタンスを変えるということはないことも改めてお伝えします。ただし、本連載に関してはうやむやにするよりも突っ込んだ質問が必要であると判断した上でインタビューをしています。
初回からお伝えしているとおり、楽しいゲームニュースがかき消されるような、この最悪な状況が一日でも早く終わることを編集部一同願っています。同時に、突然戦火に見舞われ、日常を奪われた多くのウクライナの市井の人々やゲーム業界関係者を思うとかける言葉もなく、一日も早く平穏が取り戻せることを祈るばかりです。そうした被害に遭われた人々を支援するゲーム業界の動きについても随時お伝えしていきますが、これまで通り日常の記事のボリュームを減らすことなく、ゲーム業界に関連する話題については記事の本数を増やしながら対応してまいります。