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ハードコアゲーマーのためのゲームメディアGame*Sparkでは、日々、様々なゲーム情報をご紹介しています。しかし、少し目線をずらしてみると、世の中にはゲーム以外にもご紹介したい作品が多数存在します。
そこで本連載では、GameSparkスタッフが、ゲーマーにぜひオススメしたい映画/ドラマ/アニメ/小説作品を1本紹介していきます。今回ご紹介するのは、ゲーム『WORLD WAR Z』の元祖となる小説「WORLD WAR Z」(以下、WWZ)です。
映画に比べるとひっそり目立たぬ存在、原作小説のことも知ってほしい
『WWZ』はビジネス的に十分成功したと言えるヒットタイトルで、これまでも多くのメディアでレビューやアップデート記事が掲載されてきました。筆者自身も発売直後からゲームを楽しんでいますが、1つだけ何とも言えぬモヤモヤを抱えています。それは、『WWZ』を紹介する記事の多くが「ブラッド・ピット製作・主演の大ヒット映画「ワールド・ウォー Z」をもとにした」という枕詞で語られがちなところです。
実のところ、ゲームは映画をベースに制作されており、この説明は何一つ間違ってはいません。特に「Episode:JERUSALEM」「Horde Mode」は“映画で見たあのシーン”を彷彿とさせ、盛り上がれること間違いなしです。
その一方で小説に触れられることはめったにありません。『WWZ』をローンチ直後から愛するプレイヤーでも、ブラピの映画は見たけど原作小説について聞いたこともないという人は、意外に多いのではないでしょうか?
世界Z大戦、大いなるパニック…未曾有の危機を生き抜いた人々による証言集
「WWZ」が他のゾンビ小説と少々異なるのは、ある日突然、平和な日常に訪れたゾンビパニックをリアルタイムに描いた作品ではない点です。本作はアメリカ最後のゾンビを駆逐した“アメリカ勝利の日”宣言から12年後が舞台。人類を滅亡の一歩手前にまで追いやった怪物との、史上最大の闘いを生き残った世界中のサバイバーたちに、国連戦後委員会メンバーである“わたし”が行ったインタビューを収録した証言・回想録です。
物語は架空の国家「中華連邦」の僻地で謎の病におかされた患者1号の出現と、患者に噛まれた村人たちの相次ぐ発熱、感染拡大の報告に箝口令と都市封鎖で対応できると信じていた政府と軍部……という、アウトブレイクものあるあるで始まります。
「中華連邦」がどの国家を指すかは言わずもがなで、当初は「まーた謎の病原菌といえば中国か。中国を便利に使いすぎ。ノックスの十戒・第五戒「主要人物として「中国人」を登場させてはならない」を少し学んでほしいわ」というのが正直な感想でしたが、異常事態に気づいた医学博士の罪状なき逮捕と投獄に、今となっては現実の2019年~2020年あたりを思わず振り返ってしまいます。
明らかな感染者とわかりながらも密出国の手引きで金儲けに走るチベットの蛇頭メンバー、原子力潜水艦ごと軍に離反し生存のチャンスに賭けた艦長と乗組員、母の犠牲により生き延びたが、心が4歳児で止まってしまった女性、平凡だが幸せな家庭の主婦の日常を引き裂いたパニック……。
“わたし”によるインタビューは文字通り、世界中のありとあらゆる立場の人々を対象に行われ、老若男女・人種・国籍・社会的地位を問わず10年続いたゾンビ大戦への異なる視点を羅列することで、フィクションのはずの本作に妙なリアリティを与えています。また、本記事では便宜上「ゾンビ」で統一していますが、作品中では語り手ごとに「ゾンビ」「不死者」「食人鬼(グール)」「生ける死者」などと呼び、世界Z大戦も人によっては「大いなるパニック」「暗黒時代」と名を変え、ともすれば単調になりがちな回想録に、読み手を飽きさせない工夫をほどこしています。
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ただし本書は誰にでもお薦めできるゾンビ物とは言えないのが、ファンとしては難しいところ。ページをめくるたび、インタビューはイスラエル・テルアヴィヴから西インド諸島・バルバドスへ、さらに次のページでは日本・京都とめまぐるしく変化するうえ、体験談が盛り上がってきたあたりで、語り手が家族や仲間を失ったつらい記憶に耐えきれず、突然話をぶっつりと打ち切る場面もあります。
一度途切れた物語について「その先を知りたいのに!?」という好奇心が満たされることはなく、寸止めの連続に。軍や政府関係者であれば、当時の都合の悪い質問には「覚えていない」「答えられない」で会話を終わらせることも。
1つの物語として完結しないことにフラストレーションを感じるか、世界Z対戦を生き抜いたサバイバーたちによる“生々しい証言”のリアリティと捉えるか。わりと好みが分かれる作品でしょう。
日本人が読んでも楽しく笑える“不思議の国ニッポン”で描かれる滑稽さ
過去20年ほどさかのぼると海外作品、特に映像における“ニッポン”の描写は、面白いを通り越して不愉快なレベルも珍しくありませんでしたが、この数年でアニメや日本文化好きの人々を通じ、かなり改善されたと感じられます。ゲーム『WWZ』でも東京マップにある、不思議な日本語の看板や「だし道楽」の自販機、細部の再現性は高いのにバランス崩壊している日本風家屋などが登場しますが、こちらは日本人が見ても楽しく笑えるクオリティの高さで、大いに注目を集めました。
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本書に登場する日本人は二人。一人は京都・小倉在住の近藤辰巳で、パニック前はインターネットのサイバー空間に引きこもりっぱなしのハッカーでオタクなティーンエイジャー。もう一人は長崎で被爆し視力を失ったあと北海道に移住した“先生”こと朝永維時郎(イジロウ)です。日本で生まれ育った生粋の日本人相手のインタビューであると印象づけるためか
─「松本と浜田(※Z戦争前の日本で最大の人気を誇った即興コメディアン)」
─“大いなるパニック”の時期、日本は世界でもっとも高い自殺率を示した
─倒したゾンビを噴火口に投げ入れ、オオヤマツミ(山の神)の力で浄化させる
などなど、日本人からしても完全な間違いとは言い切れないが、これがジャパンだ!と断言されたらモヤ~っする微妙な小ネタが、いくつも散りばめられています。
日本人インタビューは、背景の全く異なる二人がそれぞれの土地でどうやって「グンタイアリ」(日本でのゾンビの呼称)から逃れ生き延び、そしてやがて出会うのかが詳細に語られています。
全米ライフル協会のデータベースにハッキングし内部資料を盗み見るほどの腕をもつが、運動はからっきしの近藤少年がマンションの19階からどう脱出したのか? 目の不自由な朝永が「グンタイアリ」と戦うだけでなく、逃げた先で遭遇したクマとどう対峙したのか? なかなか読み応えのあるシーンが続くのですが、1つだけ読者としてイチャモンをつけるとしたら、裕福な老人が住むマンションの寝室の整理ダンスに、保存状態も超良好な「明らか実戦用に鍛造された軍刀」が都合よくしまってあることは無い!という点でしょう……。
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ほどよいボリュームで読みやすいヤングアダルト小説
本書の著者マックス・ブルックスは「ゾンビサバイバルガイド」(2013年)も手掛けており、当時大きな話題を呼んだことから記憶している読者もいるのではないでしょうか。そもそも、「WWZ」はこの「ゾンビサバイバルガイド」をベースに展開した物語です。
そのほかにも著者は、本来はストーリーが存在しないサンドボックスゲーム『Minecraft』をRPG風読み物に仕立た「マインクラフト はじまりの島」など数々のヤングアダルト小説を世に送り出しており、本作もラノベよりは大人向けの文体ですが、通勤中や寝る前にサっと軽く読むにはピッタリの内容とボリュームになっています。
─「世界Z大戦のほんとうの敗者が誰か知っているか?クジラだ」
この言葉の意味を知りたい方は、ぜひとも本書を手に取ってみてください。
小説「World War Z」(文春文庫 上・下巻)は各種電子書籍のプラットフォームでもDL購入が可能です。