2019年に海外向けにリリースされた『ディスコ エリジウム』が、PS4/PS5/ニンテンドースイッチ向けソフト『ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット』として、2022年8月25日に発売しました。
本作は、プレイヤーが主人公の行動を選択し、スキルを育てながら謎多き殺人事件の真相に迫ります。RPGでありながら、アドベンチャーゲームのような濃密なシナリオが用意されており、選択次第で様々な物語を楽しむことができます。
濃密なシナリオを作っている100万ワードのテキスト量から、日本語化は難しいと言われていましたが、その壁を乗り越え、ついに発売に至りました。
今回インサイドでは、本作の翻訳を監修し、日本語化の壁を乗り越えた、翻訳者の武藤陽生氏に取材。『ディスコ エリジウム』の魅力について、存分に聞きました。
『ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット』公式サイトゲーム、出版翻訳者
武藤陽生氏
ゲーム・出版翻訳者。15年ほど翻訳の仕事に携わっており、有志翻訳としては『Gone Home』『Tacoma』、公式翻訳では『Va-11 Hall-A』などを手がけている。
◆破天荒な主人公の行動に“めちゃくちゃ笑った”
――本日はよろしくお願いします。はじめに武藤さんと『ディスコ エリジウム』の出会いについて教えてください。
よろしくお願いします。もともと僕は、本作に注目していて、海外向けにリリースされた日には、すぐに買ってプレイしていました。作り込まれたシナリオなどに惹かれ、プレイした後には自分のTwitterでも「めちゃくちゃおもしろいよ」と感想をツイートしていたのを覚えています。
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――最初から本作を推されていたんですね。
そうですね。ただ、テキストの多さや英語の難解さもあって「商業的に翻訳される可能性はかなり低い」ともツイートしていました。その後に、自分がまさか翻訳を監修することになるとは思っていませんでしたが...。
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――たしか“100万ワード”のテキストが用意されてるんですよね。
はい。ただ、100万ワードというテキストの量があっても、翻訳するときにネガティブな印象は全くありませんでした。
これは、“ゲーム翻訳あるある”かもしれないですが、例えばオンラインゲームを翻訳すると、「お使いクエスト」や「定型文」のようなテキストも訳さなければならず、作業感が出てしまいます。しかし本作のテキストは、全てがシナリオに関わるものなので、やりがいがありました。
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――それほどまでに、本作は“テキスト”が魅力ということですね。
そうですね。やはり、テキストを読み進めているだけで、これほどおもしろいゲームというのは、他にないと思います。主人公が刑事ということもあり、ゲームをプレイした当初はハードボイルドな作品かと思っていたのですが、全くそんなことはありませんでした。
本作はプレイヤーが主人公を操作して、自由度の高いロールプレイができるので、選択次第では、“カッコいい主人公”にすることもできると思います。しかし僕は「この選択肢を選んだら、どんなおもしろい展開が待っているんだろう」という思考に走って、変な選択肢ばかり選んでいました。次が気になる選択肢ばかりなんですよね(笑)。
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――そうなんですね(笑)。どんなシーンが印象的でしたか?
ゲーム序盤に主人公が、店のオーナーから備品の弁償を求められるんですが、ある選択肢を選ぶと、ものすごい勢いで逃げながら、ジャンプして振り返って、両手で中指を立てます。そうすると、車椅子に座っていたおばあさんに激突するというシーンがあります...。ここを初めて見たときは、ゲームでこんなに笑えるのかと思うほど笑いました。
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――それは、なかなか破天荒な行動ですね…
ただ、もちろん笑えるだけではなく、ゲームを始めたプレイヤーと記憶喪失の主人公は「何もわからない状態」でお互いがリンクしているので、事件の謎を解きつつ、人と交流して主人公の生い立ちや置かれた状況を知っていく過程は、高い没入感を感じました。
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◆「ネクタイ」シナリオは感動的!?遊び尽くしたい全てのシナリオ
――プレイヤーの行動次第で、様々な展開が待っているんですよね。
はい。さっき「テキストは全てがシナリオに関わるもの」と言いましたが、サイドストーリーのようなシナリオまで、本当に細部まで作り込まれているのが、本作の魅力のひとつだと思います。
例えば、ゲームを開始してすぐに「趣味の悪いネクタイ(Horrific Necktie)」というのが天井のファンに引っ掛かっていて、それを拾って身に付けたときに一定の条件を満たしていると、ネクタイが話しかけてきます。
周囲の人からみると、ネクタイと喋っている変人なのですが、そのネクタイとのやりとりが笑えるやりとりになっていて、なんと最後には感動的な結末が待っています。内容は伏せておきますので、ぜひプレイして見てもらいたい“推し”のシナリオです。
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――「ネクタイと迎える感動的な結末」というだけで見たくなりました。
このシナリオも条件があるので、一度のプレイだけでは辿り着けないと思います。このような「辿り着ける人が少ない」シナリオが他にもあるのですが、そのひとつひとつが抜け目なく、おもしろいです。
『ディスコ エリジウム』は隅々まで楽しめるゲームだと思うので、国内版は僕も改めてプレイして、遊び尽くしたいです。
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“世界観が奥深すぎて”翻訳の整合性を保つのが難しかった
――ここまでテキストの魅力についてお聞きしましたが、その原文のテキストを活かすために、武藤さんが翻訳時に意識されたことはありますか?
様々なものがありますが、大きくは3つです。1つは、「直訳」です。本作は、イメージを喚起させる表現や暗喩、直喩みたいなのが、かなり多い作品なので、意訳してしまうと世界観を崩してしまったり、原文のおもしろさを損ねる可能性がありました。
具体例を挙げると、ゲーム内には「cool」という日本でも聞きなれた単語が出てくるんですが、「かっこいい」「イケてる」などと訳しておらず、すべてそのまま「クール」にしています。実は、本作の世界での「cool」はフランコネグロの騎兵隊(ゲーム内での架空の騎兵隊)が発明したという設定があるため、この世界で生まれた言葉ということで、あえて「クール」に統一しました。
ただ、直訳となると、どうしても説明が必要になってしまう文章もあるので、そういった箇所には、“訳注”を入れました。通常のゲーム翻訳で、訳注を入れる時は、括弧を使って補足説明をするといった形が多いのですが、本作ではあえて“訳注”と目立つ形で入れています。なぜなら、本作は24のスキルたちの声を聞くというのが重要なゲームなので、そこで訳注が入っても違和感はないと思ったためです。
2つ目に意識した点は、地の文を全て“現在形”にしたことです。例えば、主人公が店長・ガルテと会話するシーンで「そう言ってあなたを見るが、彼はいまだにあなたの名前を知らないことに気づく」という文があるのですが、通常のゲーム翻訳の場合、「見た」「気づいた」と過去形に訳されることが多いと思います。
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――なぜ現在形にしているのでしょうか?
そもそも原文がすべて現在形で書かれているからですが、日本語でも現在形のみで地の文を並べると、独特のリズムが生まれ、プレイヤーの没入感も高まると考えています。さらには、そのリズムのおかげで、翻訳する側と読む側が細かいことを気にしなくてよくなるという利点もあります。
小説執筆の作法には、「たまに現在形を混ぜなさい」といったものがあり、過去形の文が続くと、読んでいる側は意外と気になってしまい、物語に集中しづらくなるんです。
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――あまり意識してこなかったですが、地の文はたしかに過去形が多い気がします…!では最後の3つ目についても教えてください。
はい。3つ目は、世界観の“整合性を保つ”ためにテキスト同士のつながりを意識したことです。シナリオが細部まで作り込まれている分、翻訳ひとつで世界観にズレが生じることもあります。ですので、僕が監修者としてテキスト全体を見ることで、整合性を保つ努力をしました。
例えば、クーノという登場人物が「メイド・イン・ミローヴァ」という単語を口にするんですが、この場に登場するだけだと思いきや、別のところでミローヴァという場所について細かく語られてたりするんですね。
「この単語はそんなに重要じゃなさそうだな」と思っていると、別の場所で出てきたり、話自体が様々な場所でつながったりするので、関連性のあるものは見逃さないようにしていました。
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――本日は翻訳についていろいろなお話を聞けました。ありがとうございます!最後に改めてとなりますが、武藤さん的には本作はどんな方にオススメだと思いますか?
やはり、読むテキスト量自体がすごく多くて、1人に話しかけたら30分ぐらい会話が続くみたいなことも結構ざらにあるので、読み物が好きな方は特にオススメです。普段ゲームなんかしないけど、本をよく読むという方には、このゲームをプレイしてもらうと衝撃を受けるかもしれないです。
ゲーム自体も複雑な操作は必要なく、基本的に出てくる選択肢を選んでいくだけで、何かしらのエンディングに到達できるようになっているので、誰でも比較的簡単にクリアできると思います。
日本語でリリースされる『ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット』は、家庭用ゲーム機でもプレイできるようになるので、ユーザーの間口の広いゲームになると勝手に思っていたりもします。
ぜひ、ネクタイの結末は見てください!
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