この季節、お友達やご親戚、とにかく大量の人間をもてなすにはパーティーゲームが一番です。無難にトランプで済ませるのも結構ですが、ここ最近のブームもあって、まだまだ人気の「人狼ゲーム」はいかがでしょうか。市販のカードセットを使えば、こたつでヌクヌクみんなでプレイ、ゲーム版でオンライン集合にも最適です。
しかしながら、ウソをついて騙し合いをする他にはない面白さがあるものの、これが意外と難しいったらありません。何事も上手くなりたいと望む上で効果的かつ確実な方法は、すでに上手い人から学ぶことでしょう。
そういうわけで、今回はウソをつくプロである本物の元スパイ・ウォルフガング・ロッツ氏が執筆した「スパイのためのハンドブック」を参考に、人狼ゲームでのプレイに応用できる実戦仕込みのノウハウを抜粋して紹介します。
はじめに
「人狼ゲーム」とは
割り振られた配役に基づき、グループの中に潜む人狼を推理と議論、ゲームの進行の中で探し出して追放することが目的のパーティゲーム。これまでも国内外で多様なバリエーションの作品が開発されてきましたが、プレイヤー間の話し合いによって議決するシステムは一貫しています。
近代的な原案は1986年に作られたとされていますが、歴史的には1930年代に始まり、テーブルトーク形式として発展。日本では総じて『汝は人狼なりや?』の名称で呼ばれることも多いです。1990年代からインターネット上のBBSを介したプレイが広まり、ルールや役職も数多く考案されました。
大まかな分類としては、カード版やBBS版などの純粋な議論を中心としたもの、爆発的な人気を博した『Among Us』や『Project Winter』といった動的なプレイが含まれるコンピュータゲーム版の2つが挙げられます。
ウォルフガング・ロッツ氏とは
軍人として30年以上のキャリアを持ち、モサド(イスラエル諜報特務庁)の優秀な諜報員として活躍した人物。1921年にドイツ人の父とユダヤ人の母の間に生まれ、1933年のアドルフ・ヒトラーの台頭によって現在のイスラエルに移住した後、豊富な語学や従軍経験を見込まれて1958年に情報部の所属となりました。
“元ナチス党員で、第二次世界大戦ではドイツ軍将校として北アフリカ戦線に従軍し、戦後は各国を飛び回る馬好きなドイツ人”という偽の経歴でエジプトに潜入。同国でミサイル開発に関わっていたドイツ人科学者やエジプト社会に溶け込み、第三次中東戦争での勝利をはじめとしたイスラエルの戦略的優位に多大な貢献を果たします。
1965年にエジプト当局に逮捕されて収監されますが、およそ5,000人のエジプト人捕虜と引き換えに釈放され、引退生活を送った後の1993年に逝去。72歳でした。
正しいスパイ(人狼)の姿
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まず“スパイ”と聞いて読者の皆さまや世間一般の人々が思い浮かべるのは、かの有名な「ジェームズ・ボンド」でしょうか。最近ではテレビアニメ化された「SPY×FAMILY」なども話題となりました。
ただ、これらは当然ながら完全なフィクションに属するものであり、実際に諜報活動を行うスパイの姿ではありません。仮想空間とはいえ、ミスが死に直結する人狼ゲームにおいても、ノンフィクションさながらの現実的なアプローチが求められます。
人に紛れて人を騙し、あわよくば食べてしまうという点で一致するスパイと人狼。この2つの役割に共通して求められる素質と能力とは何なのでしょうか。
本著の第1章「あなたのスパイ能力をテストする」では、ロッツ氏による簡単な適性診断が記載されており、それぞれの設問に対して詳細に語られていました。すなわち、スパイに必要なのは勇敢で強い心、ウソをつく才能、“普通”をわきまえていること、社交性、そして固い覚悟と信念などが挙げられます。スパイは敵国の只中で任務を果たしますが、敵と分かっている大勢のプレイヤーに囲まれて孤独に戦うと考えれば、人狼も同じ境遇です。
それでも勝利のためには危険を恐れず大胆に振る舞い、厳しい追及に曝されても冷静さを失わず、笑って返せるだけの勇敢で強靭な心。もっともらしいウソを流暢に繰り出す力はもちろんのこと、それを物怖じせず相手に語りかける社交性、必要とあらば、どんなに汚い手でも使ってみせる覚悟と信念がスパイ(人狼)の理想像となります。
もうひとつ忘れてはならないのが“普通”の意味を知り、それを厳しい自制のもとに、自分の行動として実行できること。こう言うと難しく聞こえますが、疑われたり特別に目立つような言動は慎み、何事もそつなくこなす平凡で印象の薄い存在になるということです。
きらびやかな社交界に潜り込んで湯水のように浪費する派手なスパイのように、序盤から役職を騙る積極的な遊び方も確立されていますが、全ては故意と意図に基づいて正しく実行されなければなりません。
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そもそも、スパイはウソと未知に溢れており、一般とは常識が異なる世界です。だからといって決められたルールを軽んじていいというわけではなく、法を破ることのリスクはスパイも人狼も変わりません。
手段が限られている人狼ゲームでも、あくまで合法的に固定概念を打ち破って相手を振り回し、自分が容疑者に挙げられることを避けるのが至上にして最大の課題となるでしょう。
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正しいスパイ(人狼)の変装
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厳選なる抽選の末に、幸運にも“人狼”として選ばれた瞬間から、あなたの性能が試されることになります。哀れな犠牲者の群れに入り込み、相棒と連携しながら静かに確実にひとりずつ血祭りにあげていくのがスパイにして人狼の任務です。人狼は人間よりはるかに強大ですが、数の面では圧倒的に不利であり、その差は努力と謀略で補わなければなりません。
スパイが敵の中で生きるとは、敵になりすまして生きることに他ならず、つまりは綿密に練り上げられた架空の身分(カバー)が必要です。本著の第4章「第二の皮膚」では、別人として自分を偽る上でのカバーストーリーについて詳しく記されています。
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スパイが用いるプロのウソというものは、突拍子もないデタラメの類ではなく、すでに存在している事実を少しばかり塗り替えて作られています。人狼ゲームはよく知る身内で楽しむことも多いので、ちょっとした違和感が疑われる原因ともなり、本人のイメージと少しの誤差もない完全なウソでなければなりません。つまるところ、自分の得意を活かし、苦手なことは隠してしまうということです。
内気なプレイヤーが積極的に発言して場を仕切ったり、あまり詳しくないプレイヤーが役職を騙ったり、明らかに難しいことを無理に行っても容易に見抜かれてしまいます。ウソを自然に演じるためには、ありのままの自分を取り込むのが最も妥当であり、本当の姿をベースにして別の自分を作り出すのです。
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たとえば、あなたがゲームのシステムに精通していて、他のプレイヤーと積極的に交流することを好むのなら、リーダーとして皆を支配するのは造作もないはず。大事な議論を誤った方向に導き、悩むフリをして的外れな発言を支持し、遠回しに無実のプレイヤーを陥れていきます。あなたを頼もしく思う人はいても、まさか腹黒いオオカミだと考えるのは本物の善人ぐらいでしょう。
人狼ゲームの面白さはまさにここにあり、ウソをつくという人間の危険な本能を満たし、自分のせいで皆が破滅していくのを楽しむ作品です。非現実的な興奮を手軽に味わえるゲームの醍醐味はそのままに、失敗しても悔しさをバネに成長できます。いつも通りの自分に何かを足すだけで立派なウソつきが生まれるので、人狼を拝命しても緊張せず、ルールを守って楽しくプレイしましょう。
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正しいスパイ(人狼)のウソのつき方
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ここまでスパイと人狼をかけて、ウソでウソを塗り固める作法を並べてきましたが、人狼ゲームの中でウソというものが最も輝く瞬間があります。それは不幸にも、あなたが何かしらの理由によって人狼だと特定され、今まさに処刑されようとしているときです。
本著の第8章「大きな嘘には小さな真実を混ぜよ」では、潜入者たるスパイの避けられない宿命と抵抗、尋問を行う側の心理と行動を解説しています。
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現実世界でも捕らえられたスパイにできることは少なく、娯楽作品のように自力で窮地を切り抜けるのは、おそらく不可能でしょう。数えきれない種類の相応で不愉快な拷問によって洗いざらい喋らされ、終末の日まで閉じ込められます。人狼もまた同様、その真偽を問わず、いったん声を大にして疑われた者が完全な潔白に戻ることはできないのです。
程度の差はあれ、勝ちたいという心を持つ糾弾者は熱意ある拷問官と同じく、一度あなたを睨んだからには執念深く処刑台まで送り届けようとするでしょう。あなたがスパイにして人狼ならば、図らずも彼は正しいことをしており、それが相手チームに勝利をもたらすことは疑いありません。
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しかし、あなたが諦めないかぎり、どんなときでも希望はあります。仮にあなたが疑念の中心として疑われたとき、何を考えて実行し、何を遺産(相手にとっては負の遺産)として他のプレイヤーに託すべきなのでしょうか。
その答えこそ、本著の第8章に掲げられている題の通り、ウソに真実を混ぜること。スパイも人狼もウソを武器とする以上、ウソで相手を騙し、たとえ死をもってしても影響を与え続けるという基本を忠実に果たしましょう。人狼は孤独であると同時に、他の誰より状況を把握できる立場にいます。自分と相棒以外を死に追いやり、真実を否定し、ウソと疑心暗鬼の土壌を築くのです。
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告発された際は第一に否定し、相手の言い分を認めつつ最重要事項(自分や相棒の正体、自分が殺したこと)は決して認めず、何より大事なのは議論し続けること。形式的な否定は全員が承知しており、一部の事実を認めることで信用が生まれ、問答は相手の情報を引き出せるばかりか時間稼ぎになります。ウソというのは、相手に知られたくない秘密を守るための本能的反射であり、要はそれを隠し通せれば良いのです。
そのために優先順位をつけ、多少の不名誉を被っても致命的な事柄を闇に葬ることができれば、相手方の思惑は失敗したも同然。真実を知るのは、あなたと相棒と告発者だけであり、他の参加者に蒔かれた疑念の種が最後に思わぬ形で実を結ぶこともあります。結果は最後まで誰にも分からないのです。
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まとめ
スパイ(人狼)に必要なのは、勇敢で強い心、ウソをつく才能、“普通”をわきまえていること、社交性、固い覚悟と信念(本著第1章)。
スパイ(人狼)は、自分の個性を活かした別の自分になりすます(本著第4章)。
スパイ(人狼)のウソとは、真実が仕込まれたウソ(本著第8章)。
本著は経験豊富なロッツ氏の功績や美談だけでなく、本物の諜報員としての事務的で退屈な日常業務、最終的には逮捕されて重警備の収容所で過ごす暗黒面がこれ以上ないリアリティを証明しています。しかも、ロッツ氏は陸軍刑務所の所長として働いたこともあり、牢屋という特殊な環境を両視点から詳細に語れる稀有な人物です。
その濃ゆい内容はもちろん、良いことも悪いことも皮肉を忘れずに、ひとつの本として読みやすい文体で楽しめる優れた作品でした。
スパイと人狼の比較では、“ウソをつく”という点で似通っているのもあり、このジャンルのゲームで定義されているセオリーとも概ね一致。ただ、何者かが非公式に決めたローカルルールは、だいたい推理する側の都合によるものであることに注意が必要です。人狼の側にとって細則は足かせでしかなく、自由な発想を阻害します。主催者の意向を軽んじていいわけではありませんが、そういう葛藤も勝負のうちかもしれません。