2023年5月16日に発売が決定した『HUMANITY』は、意思を失ってしまった人々を、プレイヤーである柴犬が「ワン!」と吠えて誘導するアクションパズルゲームです。PSやPS2の頃を思わせるシュールなCMも公開されたほか、PS Plusエクストラ・プレミア会員向けサービス「ゲームカタログ」への配信も決定し、話題を呼んでいます。
この度Game*Sparkではパブリッシャーを務めるエンハンスにお邪魔し、本作でクリエイティブディレクター、アートディレクター、デザイナー、ストーリー制作を務める中村勇吾氏と、エグゼクティブプロデューサーを務める水口哲也氏にインタビューを実施。開発の経緯やこだわり抜いたところなど、約1万2,000字にわたって余すこと無くお訊きしました。
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中村勇吾
ウェブデザイナー、インターフェースデザイナー、映像ディレクター。『HUMANITY』の開発を務めるデザインスタジオ「tha ltd.」代表。NHKEテレ「デザインあ」/「デザインあ neo」の映像監修、ユニクロのウェブディレクションなどを行っているほか、数多くのウェブサイトや映像のアートディレクション/デザイン/プログラミングに携わっている。
水口哲也
ゲームクリエイター、プロデューサー。 エンハンス代表。セガで『スペースチャンネル5』や『Rez』といった作品を手掛け、2014年にエンハンスを設立。『ルミネス』『Rez Infinite』『テトリス エフェクト』など数々のゲーム以外にも、空間設計、メディアアート、体感型デバイスなど多岐にわたって活動している。
「絶対これを物にして、世の中に出さなければ」―水口哲也氏が惚れ込んだデモ映像
――中村勇吾さんはこれまで数々の作品を手掛ける中で、大量の鳥群が荒野を飛ぶ『GUNTAI』(※現在は配信終了)や、モノに憑依してごくありふれた日常を覗き見るVR作品『POINT OF VIEW』などを手掛けていますが、本格的なゲームを制作するのは『HUMANITY』が初と伺いました。本作の開発を始めたきっかけはなんだったのでしょうか。
中村勇吾(以下、中村) tha ltd.はインタラクティブなデザインをずっと手掛けている、プログラマーとデザイナーみたいな人種が集う事務所です。
これまでウェブコンテンツだったり、いろんなインスタレーション(※)だったりを作ってきたんですけど、「ゲーム」というのはそういうものの総合芸術という存在だなと思っていて。僕自身もすごくゲーム好きなので、仕事をしながら、スマートフォンのアプリストアで売るようなゲームを自主的に作ってみたんですよね。
※インスタレーション…現代美術において、展示空間を含めた全体を作品とする手法。鑑賞するだけでなく、体で体験できるという点が特徴。
それで、「自分たちでやるのもいいんだけど、もうちょっと本格的にゲームを作れないかな」という気持ちがあって、『HUMANITY』の元になるようなデモ映像を作りました。
これをTwitterとかSNSに流して、何のツテもないけど世の中のインディーパブリッシャーにアプローチできないかな、なにかに繋がればいいなと思って公開しました。それをたまたま水口さんに見ていただく機会があって、それをきっかけにエンハンスさんと共同で制作することになったという感じです。
――水口さんはこのデモ映像に惚れ込んでプロデュースを願い出たとお聞きしています。開発自体はtha ltd.が行っているとのことですが、プロデュースという立場のエンハンスはどのような形で関わっているのでしょうか。
水口哲也(以下、水口) エンハンスとしては大きく分けて、開発に必要な資金調達やプロデュース業務全般、レベルデザインの開発業務、パブリッシングやコミュニティ運営、という3つを行っています。コミュニティ運営というのは、『HUMANITY』にはユーザーが自由にステージを作れるエディット機能(STAGE CREATOR)を搭載しているんですが、そのユーザーコミュニティを育てていくというものです。
――本格的な制作が初めてということですが、ゲーム以外の媒体とは明確に異なる点や、大変だった点などがあれば教えてください。
中村 そうですね……まあ全部違うといったら違うんですけど(笑)。大変さの桁が違うなとは感じましたね。普段の僕らの仕事だったら大体3,4ヶ月とか長くても1年くらいのものが多いんですけど、結果的に本作は制作に長い時間がかかりましたから。
ゲームという媒体はプレイヤーの人が「ゲームをやるぞ」と向き合って何十時間と飽きずに楽しんでもらわなければならないじゃないですか。なので、ゲームを「商品」として出すことに対しては本当に雲をつかむような感覚で、何をしていけば良いのかがわからなかったですね。
ここは全くイメージもできていなかったので、水口さんのアドバイスを色々と聞いて、半分わかりつつ半分わからないままサポートを受けて進めていきました。
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水口 勇吾さんは謙遜してますけど、やはりスタークリエイターです。街を歩けばUNIQLO TOKYOのデジタルサイネージがあり、TVを点ければNHKで「デザインあ」が流れていたり、勇吾さんが手掛けた作品を目にする機会はたくさんあるんです。
そんなスタークリエイターが「真面目にゲームを作ってみたい」という気持ちを持たれていたので、それだけで僕としては「絶対これを物にして、世の中に出さなければ、手助けを行わなければ」と素直に思ったんです。
勇吾さんがデザインするものは、隅々まで考え抜かれたものばかりなんですね。そんな勇吾さんが『HUMANITY』を同じように隅々まで考え抜いて作ったらすごい名作ができるんじゃないかと思ったので、我々から声をかけることにしました。
……なんですが、その規模が大きすぎて開発がここまで大変なことになるというのを最初にお伝えしてなかったのは申し訳ないと思っています(笑)。でもその代わり最後の最後までしっかりとやり切っていただいたので、素晴らしい作品になったと確信しています。
――正式発表時のトレイラーでは「COMING 2020」となっていましたが、結果的にそれから3年延期という形になりましたよね。総合的な開発期間は大体どのくらいになっているのでしょうか。また、延期の原因はどういったところにあったのでしょうか。
中村 5年くらいですかね。延期の原因を一言でいうと、右往左往してました。理由は2つくらいあって、1つは「何千人規模の群衆がいて、地形とインタラクトしながら操作できる」という体験をどうゲームに仕上げていくか悩んでいたというのがありました。群衆を導くゲームは過去に全くないというわけではないけれど、やはり珍しいことには変わりなくて。その分やれることの選択肢が無限にあったんですよ。
そんな中で、「これはゲームになりそうだ」「これは動きとしては面白いけど、ゲームとして遊ぶのはちょっと違うな」とか、いろんなアイデアを取捨選択する時間がすごく長かったですね。
もう1つはSTAGE CREATORです。もともとSTAGE CREATORは開発用に作ってたんですけど、ある時期にユーザー向けにも作って投稿できるようにしようと決めたんですが、それがすごく大変でした……。
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STAGE CREATORはコントローラーで操作できる簡単な3D積み木ソフトみたいな感じなんですけど、スタッフが使うだけだったら最小限のわかりやすさ・使いやすさでも成り立つんです。でも、一般ユーザーが迷いなく使える状態に持っていくのにすごく時間がかかってしまいました。
ストーリーモードで用意されたステージは元々地形が決まっているので比較的デバッグしやすいと思うんですけど、ユーザーがこちらの想定していない地形を作ったときに群衆が納得のいく動きをするというのが大変で、メインプログラマーがずっと苦労してました。
水口 補足すると、STAGE CREATORに苦労している間にストーリーをもう少し強化しようかという話も出ました。本作は初期から『HUMANITY』というタイトルがついてたんですね。「ヒューマン」とか、「ヒューマン〇〇」とか、「〇〇ヒューマン」とかではなく『HUMANITY』。つまり、“人類”とか“人間性”というような意味が込められているんです。
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もちろん集団シミュレーションとフィジックス(物理)パズルとしてはすごく面白い体験にしなきゃいけないんですが、その体験が連続すると一体どういう気持ちになるのか、レベルデザインとストーリーが組み合わさったところで“人間性”というテーマがどのように浮き立つのか、そこに着目したんです。
勇吾さんがよく言うことなんですが、人間1人1人と直接話すとまあそこまで悪い人はいないんですけど、集団になるとすごく不思議なことをしでかす、と。例えばちょっとしたことから暴動が起こったり、その先に戦争が起こることもあるし。そういう群集心理や人間性みたいなものもゲームを遊びながら感じられるようにするには、人間が持つ多様な側面を散りばめていかないとね、となりました。
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開発期間中にはパンデミックが起こったり、戦争が起こったり、世界中でいろんな人権運動も起こったり、AIがこれだけ騒がれたりと、様々なことが起こりました。本作では“HUMAN”に対して敵対的な勢力である“OTHERS”やボスが出てくるのですが、そこを含め勇吾さんが最後に、すごくいいストーリーにまとめてくれました。そう考えると、延期によって生じた2年の追加時間は“HUMAN(人間)”をめぐる色んな要素をストーリーの中に入れ込むのにすごくいい時間になったとも思います。
ストーリーには、最後まで行った人にしかわからない、心がグラッと揺れる感じがあります。エンディングには「なるほどね、だから『HUMANITY』ってタイトルなんだ」と感じてもらうように設計できたと思います。
ストーリーの強化は、ヒントビデオ機能(※PS5版はPS Plus会員向けゲームヘルプ機能からも閲覧可能)を入れるきっかけにもなりました。攻略が詰まっててどうしてもわからないときは、ヒントビデオを見れば解法が分かるようになっています。なので僕らの狙いとしては、とにかく最後までどんな形でもいいからプレイしてみてほしい。パズルとしても面白いんだけど、それだけじゃないというところが伝わればいいな、と思います。
――ありがとうございます。絶対に最後までプレイしようと思います! 今のお話の中でも出ましたが、本作の開発期間は新型コロナウイルスのパンデミックが直撃したと思うのですが、開発への影響などはあったのでしょうか。
中村 開発チームの作業自体は常時Discordでみんな繋がりあうという環境だったので、大丈夫でした。ちょっと質問を出してもパッとすぐ返答が返ってくるという環境は作ってあり、画面もすぐに見せ合えるので、すごく苦労したところはありませんでした。ただ、スタッフがコロナウイルスに感染するという事態はありましたね。
水口 それでちょっと動けなくなったりもしましたね。
中村 あとはやっぱり、みんなで顔を突き合わせて直接会うというコミュニケーションは大事で。みんな孤独に作業しているといつのまにかちょっと歯車がずれたりとか、そういうことは多々あります。
――開発期間中の2020年に、中村さんがディレクションするMETAFIVE(※)の「環境と心理」というMVが公開されました。このMVには本作の映像が使われているのですが、これを使おうと思った理由やきっかけなどはありますか?
※METAFIVE…小山田圭吾、砂原良徳、テイ・トウワ、ゴンドウトモヒコ、LEO今井、高橋幸宏からなる音楽グループ。
中村 もともと僕はMETAFIVEの結成当初からライブのVJ(※)や新曲のミュージックビデオ制作をずっとやっていました。
※…ビデオジョッキーの略。演奏される音楽に合わせてライブステージの背景などに映像を投影する。
それでちょうど「環境と心理」が出るときに、作曲した小山田圭吾(※)さんが「この前勇吾さんが公開してたデモ映像めっちゃかっこいいから、あれでなんかできない?」って言われて、えーってなって(笑)。それで、水口さんたちと相談して、いいんじゃない?とのことで、本作の映像を使うことになりました。
※小山田圭吾…ミュージシャン。実験音楽的な作風が特徴で、ソロユニット・Cornelius名義でも活動する。
僕としても、もう既にあるエンジンを使うから割と簡単に作れるなと思って(笑)。ただ、犬が主人公になることはこの段階では未発表だったのでそこは伏せて、孤独な人が主人公という感じで作りました。
未だにあの曲の評価が高いのもあって、『HUMANITY』のデモを出したときに「環境と心理のパクリじゃん」ということをちらほら言われてしまって。いやそうじゃないんだ!と(笑)。本当は2020年にゲームをリリースするはずだったのでプロモーション的にもいいかなと思ったんですけど、思ったより時間が開きすぎましたね。
――そんなことがあったんですね(笑)。では話を戻しまして、本作のゲーム画面は人の波がアーチを作っているだとか、フィールドのデザインを取っても無機質で冷たい印象を受けるのですが、ビジュアル面ではどのような点にこだわって作られたのでしょうか。
中村 実は僕、昔建築家を目指してたんですよ。建築家は建物を建てる前にスチレンボールで模型みたいなのを作るんですけど、その中に顔のない無機質なちっちゃい人がわちゃわちゃしている感じがすごく好きだったんですよ。地形に関してはコンクリートとガラスと石と鉄みたいな「ザ・建築」みたいな世界があって、そこに建築模型に並んでいるような人がワラワラ動くようなイメージはあったんです。
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ステージを作るときには、コンクリートの塊でできたブルータリズム(※1)とか、安藤忠雄(※2)の建築なんかをみんなで見てイメージをすり合わせていきました。
※1 ブルータリズム…1950年代から見られるようになった建築様式。塗装などによる装飾は行わず、打ちっぱなしコンクリートなど建築資材そのままの質感や荒々しさが特徴。
※2 安藤忠雄…日本の建築家。コンクリート打ちっぱなしの建築物が世界的に評価され、表参道ヒルズや北海道の「水の教会」など、これまで数多くの建築物を残している。
――『Rez Infinite』や『テトリス エフェクト』といったエンハンスの過去作と同じく、本作もVRモードが搭載されています。VRモードの搭載を提案したのは、tha ltd.さんなのか、それともエンハンスさんどちらなのでしょうか。
中村 最初は水口さんが「1度VRで試してみよう」と提案してきました。VRゲームって「没入感」を押し出しているものや、「360°広がる世界で1人称視点」というようなものが多いですから、わざわざ『HUMANITY』をVRで見て面白いのかな?と疑問でした。試すだけだったら簡単にできるのでやってみたところ、結構発見があって。
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VRを通して見ると群衆の1人1人が目の前に3次元的に立ち現れていて、VRでこんなに細やかな視点があるんだというのに気づいて、やろうと決めました。
――水口さんやエンハンスさんとしてはVRへの強いこだわりみたいなところはあるのですか?
水口 そうですね、やはり僕らはVRという体験は好きなので。最初に勇吾さんと本作の話をしたときも「これはVRにしたらすごく面白そうだな」という直感があって、1人称視点で能動的に没入する体験とはまた別の魅力があるのではないかと思っていました。
ミニチュアを覗き込むような感覚で、箱庭にプレイヤーとして入って、アクロバティックな動きをする大量の人々を自分で作って操るという楽しみは、VRの楽しみとして新しそうだなと思って。実際やってみたら、いけるねという感じになりました。
「普段導かれている犬と人の主従関係が逆転したら面白いんじゃないか」―柴犬をプレイヤーキャラとして選んだ理由
――「犬が人を導く」というコンセプトはどの段階で決まったのでしょうか。
中村 元々はただ、理性や意識のない群衆がいて、そのなかに1つだけ魂があるという設定だったんです。その魂が、群衆のうち1人だけに宿ることができて、群衆を導いて、また別の人間に宿って……という感じで、魂が宿った1人を移動させることで群衆を導けるというシステムはこの段階でできていました。
「群衆ゲーム」というコンセプトとしては綺麗に収まってたと思うんですけど、水口さんの方から「もうちょっとプレイヤーが感情移入できる要素はないかな?」という提案がふわっとありまして。
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水口 僕は軽ーく「もう少し、何か足りない感じがしますよね」と言ったんですよ。人間の群れにプレイヤーが入ることによって“人間性”を引き立たせられるような「何か」がないかな、と。それで、次の打ち合わせのときに勇吾さんが「軽く考えてみたんですけど…」って出してきたアイデアが白い柴犬だったんですね。
普段は、人間が犬を連れて歩いているじゃないですか。それが逆転して、犬が人間を連れて歩いたら、しかも大量の人間を引き連れて歩いているとすれば、それってすごく面白いですよね、と言われたんです。
それを見た時、僕を含めたチームの皆んなが、「あ、これだ」って。その瞬間に“ゲームとしての『HUMANITY』”の原型ができたと思います。それぐらい、大きな出来事だったと記憶しています。勇吾さんはこうやっていつもサラッと言うんですけど(笑)、多分相当深く考えてこのアイデアを出してくれたんだろうなと思います。
中村 (笑)。他にも旧約聖書のモーセみたいな指導者が率いるみたいな案もあったんですけど、やはり普段は人間の身近にいるような動物がいいんじゃないかということになったんです。それでどの動物にしようかとなった時、猫でもないし、熊でもないし……と悩んだ末、人間と1番深い付き合いがあって、普段人間に導かれている犬が思い浮かびました。普段人間に導かれて生きている犬という主従関係が逆転して、犬が人間を導くという構図が面白いんじゃないかなと。
――“犬”と一口に言っても様々な犬種がいると思いますが、なぜ柴犬を選ばれたのでしょうか?
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中村 それはもう「日本人だったら柴犬でしょ!」という感じで決めました(笑)。ただグローバルに売り出す商品として、日本犬である柴犬で大丈夫なのかという不安はありました。
そしたら、当時全く知らなかったんですけど実は海外で柴犬の人気が上がっていて。海外のミームでDoge(※1)という物があったりとか、なんかそれを元にした仮想通貨(※2)があったり、Twitterのアイコンが急に柴犬になっちゃったり(※3)とか。それで勝手に柴犬の人気が上がってて、情報を本格的に出す頃には柴犬がすごく話題の犬になっていて、良かったなと言う感じです。
※1 日本に住む幼稚園教諭・佐藤敦子氏が飼っている柴犬・かぼすちゃんを元にしたインターネットミーム。かぼすちゃんの何とも言えない顔が話題を呼び、それを元にした画像が流行した。
※2 Dogeの画像を用いた仮想通貨「Dogecoin(ドージコイン)」のこと。
※3 2023年4月4日から7日にかけて起こった、Twitterの青い鳥アイコンがDogeに差し替わったという出来事。
――パズルゲームにはストーリーが無く淡々と進むものも多いと思いますが、先程水口さんがおっしゃっていたように本作にはしっかりとしたストーリーがあって、不穏さも混じっています。また、ボスとして登場する「CORE」もBLUEが丁寧口調、GREENがちょっとやんちゃ口調という感じで性格が異なるなど、キャラ付けがあるのも意外でした。こういった部分は中村さんが考えているのですか?
中村 はい。最初は言葉もナシで、起こることだけでなんとなくストーリーを察してねというタイプにしてたんですが、ある段階で水口さん方面から「もうちょっと語っていった方がいい」と言われまして。最初サラッと書いていたものがどんどん肉付けされていって、今のような形になりました。COREによって口調が変わるというのも最近作った部分ですね。
水口さんはその辺りの表現にすごく敏感かつ解像度が高くて、口調を変えた方がいいということや、テキスト表示時の音も変えた方がいいというようなこともアドバイスされるんですよ。それで、半信半疑でやってみると「あ、ホントだ、変わった方がいい!」ってなるみたいな(笑)。
――パズルゲームは基本的にマウスカーソルなどを直接動かして、直接指定して動かすというようなものが一般的ですよね。本作は柴犬がアクションゲーム的にジャンプして、地形を飛び移って指示アイコンを置いていくという方式です。パズルとしてはかなり珍しい操作方法だと思いますが、やはり犬が導くというテーマのために採用されたのでしょうか。
中村 そうですね。でも、十字カーソルを動かして、指示アイコンを置く場所を指定するという方式だった時期もありました。ですが、それをキャラとして感情移入できるように、アクションゲーム的に動かしてプレイできる今の方式を採用しています。
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この方式の利点としては感情移入できるアイコニックなキャラが作れるというところがありますが、反対に欠点としてはパズルゲームとしての操作効率の良さみたいなものは若干失われます。ただ、逆にそこを生かして、犬がアクションするからこそのゲーム性みたいなものを掘り当てて、それをゲームとしてまとめていったイメージです。
――あとやはり、ボス戦や戦闘があるというのはパズルゲームとして珍しいと思います。こういった要素を入れた意図はありますか?
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中村 ボス戦や戦闘は序盤ステージみたいなパズルを発展させてできたものというわけではないんです。群衆同士のインタラクションでできることは実は膨大にあって、一時期いろんなことを試していました。割と最初の方からボス戦や戦闘というものは考えてて。
そこから、動きとしては面白いけどゲームとしてはまとまらなさそうなものを排除していった結果、自然と戦闘とボスバトルを残すに至りました。
――もうひとつ変わってるなと思ったのが、収集要素である「GOLDY REWARD」です。マップ中に存在するGOLDYをうまく引き連れてゴールすると様々な報酬が解除されるというものですが、衣装など攻略に関係ない要素だけではなく、時間停止機能やフリールックカメラなど便利機能的なものが用意されているのが珍しいですよね。
中村 僕自身が特にそうなんですけど、ゲームでいきなり複雑な操作を要求されたり、できることの選択肢がたくさんあったりすると「全部覚えなきゃ」みたいな使命感が湧いて混乱してしまうんですよね。
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なので最初はシンプルな操作体系で徐々に覚えていきたいというのと、GOLDYを集めるからには何かしらのリワードを与えたいというのを組み合わせて、GOLDYを得るごとに様々な機能や操作がアンロックされていくという流れにしました。
――チュートリアルとか、ゲームの導線みたいな感じで設計されているんですね。
中村 そうですね。元々は水口さんが言ってたんですが、子供とか、ゲームに親しみのないおばちゃんとかでもある程度誰でもクリアできるようにしようという方向性になりました。
例えばクリアまでの道筋を考えるのは比較的簡単だけど、GOLDYを全員引き連れようとするとすごく難しくて、考える要素が増えるみたいな。「Easy to Learn, Hard to Master(覚えるのは簡単、極めるのは難しい)」という感じの作りになりました。
――少し話は変わりまして、本作はBGMやサウンドにも力を入れていると伺っています。私もプレイさせていただいたとき、不思議なBGMや、フリールックカメラの「キリキリキリ」というカメラ視点の移動音が気持ち良いと思いました。サウンド面で注目すべきところなどはありますか?
中村 実は本作のBGMはすべて人の声をサンプリングしています。よく聞くと、いろんな音が人の声になっていると思います。音楽を担当させていただいたのがJEMAPUR(公式サイト)さんというサウンド・デザイナー / コーダーの方で、電子音楽をベースにすごく尖った作品を発表しているんです。
この方がどんな方かというと、偏執狂的な方なんですよ。細かいところまでこだわり抜かないと気がすまないっていう良い意味で異常な人で。音源をアップデートして送ってくれるんですけど、完成間近の頃とかもうどこがアップデートされてるかもわかんないというレベルで(笑)。
――(笑)。
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中村 なぜ彼にお願いしたかというと、ゲームやストーリーの部分だけでなく、音楽に至るまで隅々を同じコンセプトでこだわりたいなと思っていたからです。『HUMANITY』というタイトルなので人の声のサンプリングをベースに切り刻んだり伸ばしたりしながら全部の楽器を作っています。
ゴールするときの「ジャーン」とかSEも含めて、声だけで作るということを徹底したらどれだけ気持ちいいのかということを、僕とJEMAPURさんで偏執狂的にやって、気持ち良いものに仕上がったと思います。
「ゲームってこうやって出していいものなんだ」―独特な作風の『HUMANITY』が影響を受けたゲーム作品たち
――先ほどからお話しているように、本作は独特な部分が目立つゲームだと思います。そんな本作を作るにあたって影響を受けた作品があれば教えてください。
中村 色々あるのですが、まず大きなものはiOSで配信されている『FROST』というゲームですね。画面上を指でなぞり作られる道を使って、、画面上の光の粒子を光の球へ導くという内容なんですが、昔からすごく好きで、今も1番好きなタイトルです。今見るとだいぶ違うものにはなってしまいましたが、大量の人間を操作するという感覚はここからの影響が最初にありましたね。
先ほども言ったんですが僕はゲームが好きなんです。任天堂的な「全方位に対して素晴らしい」みたいなのももちろん好きなんですが、やはりすごく偏ったものも大好きで。Playdeadの『LIMBO』とか『INSIDE』みたいな、リッチなモデリングとかは使わないけど、ちょっとした省略のセンスとか光と影のレイアウトとか、そういった限られた部分だけで魅了するという作り方は、いちアートディレクターとしてはすごく良いと感じます。
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上田文人さんの『ワンダと巨像』さんとかもそうですね。すごい綺麗な背景!でっかい動物!って感じですよね。
あとそれこそ水口さんの『Rez Infinite』の「エリアX」も、無数のパーティクル……以上!みたいな(笑)。そういう1つのディレクションが際立っている作品が好きなんです。そういうのを見て、「あ、ゲームってこうやって出してもいいものなんだ」と力づけられましたね。
――映像作品などゲーム以外の作品で影響を受けたものはあるのでしょうか。
中村 宮崎駿が作るスタジオジブリ作品ですかね。「風立ちぬ」の地震が起きて逃げ惑う人々のシーンとか、虫がモニョモニョっと動くシーンとか、宮崎駿作品には時々群れが動くシーンが挿入されるんですけど、5秒10秒くらいのシーンに異常なまでの力が入ってるんですよ。そこにものすごい熱意を感じて感化されますね。
――では最後に、お二方から本作をプレイされる方に向けて、特に注目してほしいところや楽しんでほしいところがあれば教えてください。
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中村 パズルゲームとしてももちろんすごく楽しんでもらえるように作っているんですが、ここまで多くの人々がわらわらと破綻なく動いているゲームはなかなかないと思います。パズルが解けなくても気持ちいい、楽しいという状態になるようにできるだけ考えて作ったので、色んな角度から観察したり道草を食ったりしながら楽しんでもらえたら幸いです。
水口 今回勇吾さんと一緒にゲームを作れたというのはプロデューサーとしてすごく満足感があって、素晴らしい良作に仕上がりました。ゲームとしての面白さはあるし、ストーリー性もしっかりと含まれているし、最後まで飽きずに楽しめるように頑張って設計できたと思います。
この過去5年間で、パンデミック含めて世界ではいろいろなことが起きましたが、なぜ『HUMANITY』というタイトルがついているのか、というところも含めて勇吾さん始めチームがしっかりと大事な要素を入れ込んで設計してくれました。
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なんて言うかな……本当にいい作品になったと思いますね。10年、20年、30年経っても「あのゲーム良かったね」と思われるような作品が作れたらと常々思っていますが、『HUMANITY』もそんな作品になれるんじゃないかなと密かに思っています。
先ほども言ったんですが、詰まったらヒントビデオを観るなりしてクリアしてもらって、エンディングまでプレイしてもらえたらすごく嬉しいです。最後までプレイすると、この作品のストーリーや、この世界の全貌やテーマの大きさみたいなものが、皆さんに伝わると思います。
――ありがとうございました。
『HUMANITY』は、PC(Steam)/PS4/PS5向けに5月16日発売予定。PC VR/PS VR/PS VR2に対応するほか、発売日と同日にPS Plusエクストラ・プレミアム会員向けサービス「ゲームカタログ」のラインナップとして登場します。