2023年7月14日より京都・みやこめっせにて開催されていた日本最大級のインディーゲームの祭典「BitSummit Let`s Go!!」。会場内には所狭しと数多くの作品が展示され、多くの人々が試遊やイベントを楽しんでいました。
アニプレックスのブース内では、Cut to Bitsの手がける新作ダークファンタジーアクションアドベンチャー『Venture to the Vile』の試遊台が展示されていました。本作は2Dアクションに奥行きのあるステージが特徴の作品で、凶悪な「ヴァイル」と戦い、その力を吸収しながら行方不明になった友人を探す旅を続ける主人公の物語が描かれます。
Game*Sparkでは、Cut to Bitsの開発スタッフへのインタビューを実施しました。業界のベテランたちが集まって制作している本作の、独特なビジュアルスタイルやゲームシステムといったこだわりやコンセプトなど、さまざまなお話を聞かせてもらいました!
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――まずは自己紹介をお願いします。
小林氏:『Venture to the Vile』でプロデューサーを務める小林正男です。長年北米を中心に活動してきて、4年前にCut to Bitsを起業する前は、ユービーアイソフトでマーケティングやプロダクションマネージャーなどを13年間務めてきました。
Cut to Bitsでは、経営取締役兼プロデューサーとしてビジネス・マーケーティング・プロダクションを主に担当しています。
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――『Venture to the Vile』の手がけるCut to Bitsについて教えてください。
小林氏:Cut to Bitsと言う会社は、現在クリエイティブディレクターのポール・グリーンという人間が仲間に声をかけて立ち上げた会社です。彼が出資者を見つけて「こういうゲームを作りたいけど一緒にやらないか?」と声をかけて集まったのが今の初期メンバーですね。
そうやって集まったのはユービーアイソフト関連の知り合いで、長年一緒に仕事したことがあるメンバーです。僕もポールや付き合いの長いメンバーと15年以上の付き合いが続いていますね。なので、そういったメンバーとは気兼ねなく仕事できていると思います。
でも、逆に付き合いが長すぎることで友達感覚になりすぎないように気を使ってます。起業時は5人で、今は14人従業員がいるのですが、他の社員もいる中で「友達のノリ」にならないようにしなければいけないなと(笑)
※小林氏はユービーアイソフトで『レインボーシックス』『Far Cry』『アサシンクリード』など主要タイトルのシリーズに多く関わっていたという経歴の持ち主。
共同創業者のポール・グリーン氏は、ユービーアイソフトで『アサシンクリード』シリーズのレベルデザインなどを担当したほか、ロックスター・ゲームスで『GTA:VC』から『GTA IV』、Irrational Gamesで『バイオショック・インフィニット』など多くのAAAタイトルを担当しています。
――本作の開発経緯について教えてください。
小林氏:まず、ポールが出資者に「こういうゲームを作りたいのでスタジオを作りたい」と企画のプレゼンをしたのがきっかけです。
このプレゼンの時点で、2.5Dのゲームであることや昼夜サイクルなどのシステム面やストーリーについてはほとんど決まっていました。
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――ダークな雰囲気が非常に魅力的です。ゲームのコンセプトや、プレイヤーに伝えたい魅力について教えてください。
小林氏:『Venture to the Vile』はヴィクトリア朝のイギリスをモチーフにしています。またポールの話になってしまうのですが、彼はイギリス人で、有名な小説家が作品を書いていた街の出身だったり、伝統のある大学に通っていたり、歴史的な地域で育ったんです。そこがシナリオ担当である彼に大きな影響を与えたと思います。
ヴィクトリア朝の時代を掘り下げていくと、産業革命や医療の進歩など変革の時代である一方で、多くの人々の犠牲がある暗い時代でもあるんですね。『Venture to the Vile』では、この時代の根底にある「変化」というのをテーマにしています。変化を受け止めるのか、退けるのか、そういった部分が重要ですね。
――公開されたトレイラーを見ると、各ステージ内で印象的な「光の表現」を感じます。グラフィック面でのこだわりやコンセプトについて教えてください。
小林氏:『Venture to the Vile』では、昼夜のサイクルがシステムの核としてあります。このシステムのために、ゲーム内でも同じ場所に複数の光の表現を用意しなければならなかったんです。これはゲームの設定によるものでもあるのですが、少し開発の難易度を上げるものでしたね(笑)。
でも、どうせやるならば「この光の表現をゲームの見どころにしよう!」と開発スタッフで盛り上がりました。本作のアートディレクターが、過去にユービーアイソフトでVFXをメインとしたテクニカルな技術が得意分野なので、彼の力もかなり大きいと思います。
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実は昼夜サイクルというシステムは、コストを含めて開発がかなり大変なんです。開発のプレゼンでアートディレクターが「(昼夜サイクルは)切るけどね」って話を出したくらいです(笑)。そこで結構な話し合いになりました。
最終的にはシステムを組み込むことにしたんですが、開発環境のUnityではそのためのツールがないんです。なので自分たちでシステムを構築する必要があったんですが、アセット配置などの技術を駆使して自然な3Dの表現などを見せられるようにしています。
こういった小技を使えるのは、ベテランの多いCut to Bitsならではの強みだと思います。今のようにレイトレーシングなどがなかった時代、いかにユーザーに新しいものを見せるか、というのが叩き上げの頃に学んだことでした。今は小さなスタジオなので、過去の経験は本当に生きていると思います。
――光の表現でいうと、光源の配置の高さや位置なども考えられているなと試遊の際に思いました。
小林氏:アートディレクターは写真も趣味でやっているので、そういった部分の影響もあると思います。インディーゲームの開発って、それぞれのスタッフが色々なことができなきゃならないと思うんですよ。
アートディレクターの彼はグラフィック関係はもちろん、アニメーションやプログラミングもできます。キャラクターデザインもやりのですが、NPCのほとんどは彼が担当していますね。
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――個性的なキャラクターが魅力ということですが、良ければお気に入りのキャラクターを教えてください。
小林氏:僕の個人的なお気に入りは「デレク・マウス」というキャラクターです。彼はゲーム内で道場を経営していて、主人公に技を練習させてくれるような存在です。格闘技としてはベアナックル・ボクシング(イギリス伝統の素手ボクシング)を得意としています。
ムキムキの怪力男がヒョウ柄のレスリングタイツを着ているような見た目で、顔は髭の生えたネズミというちょっと不思議なキャラクターです。コミカルな雰囲気で、すごく好きなキャラクターですね。
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『Venture to the Vile』のメインストーリーは暗めのストーリーですが、全体的に暗いだけではゲームが面白くないと思います。なので、NPC関連のクエストではコミカルなものがあったり、恋愛やホラーのようなものがあったり、多彩なジャンルを用意しています。ユーザーの皆さんには世界を探索して色々なキャラクターと話してみてほしいですね。
――個性的な登場人物が今後も次々と紹介されると思うので、楽しみにしています。
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小林氏:キャラクターの話に関連しているのですが、実は今『Venture to the Vile』のコミックを作るというKickstarterプロジェクトをスタートしています。このコミックはゲームに登場するNPC5人を主役にしたもので、ゲームの世界観をより掘り下げるアンソロジーになっています。
ちょっと面白い話なんですが、Cut to Bitsのスタジオがコミックアーティストのコワーキングスペースと共有しているんです。事務所を借りる時にゲームだけでは面白くないかなと思い、ほかのジャンルのアーティストと一緒になることでお互いが感化されるんじゃないかなと考えたんです。
知り合いのコミックアーティストがちょうどスペースを探していたので、彼を誘って一緒に借りようと言う話になりました。共有スペースはもう4年目になるんですが、コラボレーションしようという流れになって実現したプロジェクトです。
このコミックにはDCやマーベルなどで有名なアメコミを担当しているアーティストも参加しています。アイズナー賞の受賞経験もあるKarl Kershlは、ゲーム内の一部モンスターデザインなんかもやってくれています。一緒のスペースで仕事しているからこそできる、ちょっとしたビジネスの形かもしれません。
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ちなみにコミックは現時点だと日本語の予定はありませんが、日本からの声が大きくなったら何らかの動きが期待できるかもしれませんね(笑)
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――特徴的な「奥行きのある2D横スクロールアクション」を作る際の苦労や、このシステムだからこそできた、ゲームへのアプローチについて教えてください。
小林氏:一番苦労したのは視点とパララックスの問題でした。ステージごとのレーンを近付けすぎると見た目で認識しづらくなり、遠すぎると移動が不自然になってしまう。そこの調整には試行錯誤しました。
他には3Dっぽく見せるというのを目的に作っているので、マルチレーンのゲームデザインにも苦労しました。理想としてはユーザーがプレイしていて自然に思えるようなデザインであるべきだと思ったんです。マップに違和感を感じさせない、底にあって当たり前と思えるようなものですね。
最近Unityのショーケースに参加したんですが、そこでも技術的な話もしました。シェーダーで3Dのものを2Dにして見せるとか、さまざまな技術を駆使しています。
実は今回展示した試遊版は、ゲームを少し進めた時点のステージなんです。最初のボスを倒して身につけた能力を最初から使えるので、実際の製品版ではまた少し印象が変わると思います。
――戦闘や謎解きなど、本作ならではのアクション要素はどのようなものがあるのでしょうか?
小林氏:2Dアクションゲームにはあまりない、奥行きのあるマルチレーンを導入したゲームデザインが最大のシステムだと思います。
レーンごとにそれぞれのステージに影響のあるパズルアクションがあったり、背景に見える風景まで実際に行けたり、プレイヤーの「あそこまで行けるんじゃないか?」という興味を自然に誘導・実現できるようなレベルデザインになっていると思います。
「奥に見えるマップ内の光を目指す」みたいな、普通の2Dゲームではなかなかできないマップの探索や移動をできるのを目指しているんです。2Dのゲームで3Dのマップ探索を組み合わせているので、気をつけないと複雑なマップになってしまう。そこはかなり気を使って迷わないようにしていると思います。
――トレイラーでは主人公の足が「変化」する衝撃的なシーンがありました。ゲーム内ではヴァイルの力を吸収することで強くなるということですが、例えば吸収しないと言う選択肢もあるのでしょうか?
小林氏:開発当初はそういった選択肢も考えていました。でも、選択肢が増えればレベルデザインや機能を増やすことになるので、我々の小さなスタジオでは開発が難しくなってしまいます。単純に違った要素を用意するだけではゲームとして面白くならない可能性もあります。
『Venture to the Vile』はユーザーに「広く浅い」体験を提供するよりも、我々自身が選んだ物語やゲームをしっかり遊んでほしいと思っています。
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――公式サイトでは、ゲームの背景や展開に関するかなり不穏なメッセージもあるので、ゲームの展開にかなりドキドキしています(笑)
小林氏:ヴィクトリア朝はそういう時代なんです(笑)。大きな変化もあるのはもちろんですが、子供の強制労働や炭坑問題、労働者問題など暗い話も多い。本当にすごい時代です。
――最後に、日本のユーザー向けのメッセージをお願いします!
小林氏:メトロイドヴァニアの元になっている『メトロイド』『悪魔城ドラキュラ(キャッスルヴァニア)』はどちらも日本のゲームなので、メトロイドヴァニアというジャンルに関して日本は聖地だと思います。
その日本のユーザーにゲームを楽しんでもらえれば、それはとても光栄だと思います。是非とも『Venture to the Vile』をプレイしてみてください!
ユービーアイソフトをはじめ、業界のベテランが集まって制作している『Venture to the Vile』。その独特な世界観やゲームシステムなど、今後に期待のかかる一作です!
『Venture to the Vile』はPC(Steam)向けに2024年発売予定です。