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過ぎたるは猶及ばざるが如し、とはよく言いますが、これまで私が担当したレビューで何度か言及してきた「ボリュームが多すぎて完食できない問題」に浸かりすぎてしまっているのが、他でもない『アサシン クリード』シリーズであるとあえて苦言を呈します。その根拠が、前作『ヴァルハラ』のメインストーリークリア率は20%を下回っているという事実。つまり約8割のプレイヤーが途中で止めてしまったということです。TV放送の視聴率ならともかく、買い切りパッケージの作品を大半の人が最後まで楽しめていない、果たしてこれはエンターテインメント作品のあり方として健全なのでしょうか。
心理学には「ジャムの法則」というものがあって、選択肢が多すぎると人間は迷い、ストレスを感じてしまう傾向があります。オープンワールドに総プレイ150時間もかかる様々な物を詰め込みすぎた結果、プレイヤー全体の満足度は上がっていない、ひいてはシリーズ全体に漂うマンネリズムの原因になっているのではないでしょうか。
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本作『アサシン クリード ミラージュ』は『ヴァルハラ』の拡張コンテンツから独立のスピンオフ作品になった経緯があり、事前に公表されていたメインコンテンツの想定プレイ時間は約20時間と、近年の大作に比べれば随分あっさりしたものです。実際にプレイしてみると、依頼などのサブコンテンツも含めれば総プレイ40時間ほどでコンプリートできる分量に抑えられています。
主なプレイ内容は、スリや手配書、投げナイフなど初期作のプレイフィールをベースにしつつ、『オリジンズ』以降の鳥瞰偵察や武器強化、対結社の暗殺には『ユニティ』『シンジケート』の「ブラックボックスミッション」など、これまでのシリーズで登場したゲームシステムを統合して、「アサシン的体験」を磨き上げたものになっています。会話劇やダイナミックなイベントシーンは少ないですが、その分結社殲滅以外の余計な物は削ぎ落とされ、必要なことを必要なだけする、アサシンとしての仕事に集中できるようになっています。
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今作は力押しが不利になった代わりに、ステルス暗殺の性能が大幅に強化されています。『ヴァルハラ』ではチェーンアサシンにタイミング合わせが必要でしたが、バシムの場合はボタン一発で確実に仕留め、投げナイフの射程を強化しておけばかなり離れた場所にも命中します。本作の目玉である「暗殺の極意」は最大5人を一瞬でまとめて片付けられるという、歴代アサシンの中でもトップクラスの強さを誇ります。隠れて行動する緊張感と、次々と兵士を始末していく一方的な「狩り」の快感、これこそ『アサシンクリード』が本来秘めていた面白さです。
実際のミッションでは敵陣に潜りながらの下調べが多く、さらに予想外のドラマに出くわすことも多々あり、良質なアクション映画を観ているようなテンポ感でゲームが展開。「ソーシャル」潜入で標的の目の前に立ち、悪役の長台詞を聞きながらじっと機会を待つ、そんな一撃必殺のカタルシスを高めてくれる場面も用意され、中東の乾いた熱波によく似合うドライな殺意はシリーズファンが長らく求めていた物に違いありません。
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厳重な警備をどうやってくぐり抜けるか、暗殺の機がどこにあるのか、追っ手をどうやって撒くか。逃走では棚を引き倒して通路を塞ぎ、煙幕を使って姿をくらます。そして雑踏の中に紛れ込んでやり過ごす。偵察、潜入、暗殺、脱出、これら一連のアサシン体験のスムーズさ、密度はシリーズの中で最も洗練されていたように思います。
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細かい部分ではあるものの、調査ボードでは「タスク」が表示されず、あくまでも「手がかり」を集めることを意識させているのが雰囲気作りに役立ちました。従来通りのクエストログだとどうしても「お使いリスト」の域を出ず、市街で遭遇したサブクエストなど雑多に目的が積み上げられていくと、前述の「ジャムの法則」によって面倒さの方が勝りがちです。
本作では結社メンバーの暗殺いう明確な目標に絞っているため、調査ボードを見ながらその外堀をどう埋めていくかが先に来て、タスクを意識するのはその次、という順番になります。「クエスト」という単位を意識させないで、探索アドベンチャーのように「手がかり」を集める、暗殺の標的を選ぶ、というところに没入感の工夫があるように感じました。
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コインでの買収は必須ではありませんが、あれば様々な場面でショートカットに、無ければ「取引」を持ちかけられ、アサシンといえども武器を振るうだけでは足下を見られるという、バグダッドのたくましさも垣間見ることが出来ます。本来は寄り道であるサブの依頼でコインをもらえるので、寄り道のチャレンジであると同時にショートカットの手段にもなり、本筋攻略の一部として組み込まれるのは良い設計だと思います。プレイ時間の短さもあり、別のアプローチで、よりスマートな潜入でもう一周やってみたくなります。
スパイのように様々な協力者を使って潜り込む様子に新しさはありますが、ゲームシステムとしては大きく変わったことはしていません。ボリュームも控えめで、「大手の新作」に期待されるものには確かに足りないとは思います。それでもフラットに見れば、ゲーム体験としては満足度の高い状態でエンディングに辿り着いたのは間違いありません。余計な要素が取り除かれた分、拠点をどう攻めるかを考えている時間が相対的に長くなり、まさに『アサシン』の一番面白い部分に長く浸れていたのが要因の一つです。
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思い切った方向転換としてRPGを取り入れた結果、シリーズの肝であるパルクールと暗殺の「アサシン的体験」と、徹底的に作り込まれた「歴史的体験」の乖離が『オリジンズ』以降に目立っています。戦士として近接攻撃を強化し、歴史コンテンツも拡充して、アクションゲームとしては十分良かったものの、アサシンである必然性が弱くなってシリーズの軸がぶれてしまいました。コンテンツのバラエティが増えても、それによって持ち味の鋭さが鈍くなっていたのは否めません。パルクールの機動力を活かせるのはやはり密集した市街地ですし、古代や中世欧州ではそういう場所が限られていました。無粋なことを言えば、一般市民の中に隠れないならそもそも暗器である必要も無く…。
エンタメでは量よりもワンポイントのユニークさが印象に残ります。『アサシンクリード』でしか味わえない「LIKE A ASSASSIN」に最大限没入する、その目標を完璧に達成できたのは、ボリュームを無駄なく絞りきった「身軽さ」があってこそだと私は考えます。インディーズ作品の盛り上がりで短く濃い作品が高評価を得ている中で、このくらいのボリューム感でも十分勝負できる土壌はあるはずです。どのくらいのコンテンツ量がプレイヤーにとって良いのか、それを量る上でも重要なマイルストーンになったのではないでしょうか。
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密集して配置された小ステージと、スパイスとして多すぎない探索とサブイベント、そして5つの大きなブラックボックスミッション。『ヴァルハラ』が品数と量が膨大なバイキング料理ならば、『ミラージュ』は円形都市にバランス良く盛り付けられた一膳。物語は単体としては不足していますが、シリーズの「美味しいところ」をささっと楽しむには十分です。これから『アサシンクリード』のシリーズを始めたい人に勧めるなら、今後は『ミラージュ』を入門にするのがベストだと断言します。
パルクールがオブジェクトの多いところで引っかかりやすいなど、現世代のシステムの限界は見えてしまっているものの、ステルスアクションの魅力を確実に取り戻した『ミラージュ』。次作の『CODE RED』はいよいよ我らが日本代表「忍び」が主役ということで、シークレットニンジャをどのように体験できるか期待が高まりますね。それを待つ間にステルスの勘を本作で取り戻しておきましょう。
良い点
・「アサシン」のアクションゲームとして上手くまとまっている
・コンテンツ量のバランスがちょうど良い
悪い点
・「新作」として期待しすぎると肩透かしを食らう
・パルクールの滑らかさはまだ足りていない