1980年代の日本の町、塩川町。この町では「旧き神」と呼ばれる禍をもたらす存在が目覚め、人々を狂気の渦に陥れてしまいました。あなたは、塩川町に住む住人のひとりとして町で次々に起こっている謎の怪事件を調査して解決し、旧き神を消し去らなければなりません。さぁ、怪事件のカードを5枚引いて。どの謎から調査を始めますか?
――『恐怖の世界』は、ゲームマスターのこんなセリフが聞こえてきそうな作品です。一見してホラーアドベンチャーのように見える本作ですが、その実短いホラーエピソードを楽しむことを中心とした、1時間~2時間ほどの短いTRPG・ボードゲームセッションを気軽に楽しむような構造の作品なのです。
PLAYISMは、ポーランドのインディーデベロッパーpanstaszが開発する『恐怖の世界』を10月19日に発売し、以前から早期アクセスだったPC版も日本語対応と正式リリースを迎えました。本記事では、そんな本作のレビューをお届け。レビューに使用したのはニンテンドースイッチ版となります。
ポーランドが生んだジャパニーズホラーへの愛情あふれるRPG
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本作は、日本を舞台としたコズミックホラーRPGです。プレイヤーは1980年代の塩川町の裏で蠢く“なにか”を突き止めることが目的となっており、次々と起こる5つの怪事件を調査、解決に導かなければなりません。
すべての事件を解決すると町のはずれにある「灯台」に入ることができるようになり、その最上階に棲むすべての元凶「旧き神」を打ち倒すことになります。行動するたびに溜まっていく「破滅値」というタイムリミット的なパラメータが100%になるか、スタミナおよび理性パラメータが0以下になるとゲームオーバーになってしまうため、リスクを管理しながらステータスを維持し、クリアまで保たなければなりません。
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ゲーム開始時に様々な特性を持ったキャラクターや「家で休むと破滅値が上昇する」「与・被ダメージが上昇する」などゲームを通して適用される縛りなど、様々な条件を決定します。
基本的なゲームの流れは、ランダムで提示された5つの謎から1つを選択して調査するというものです。塩川町には10ほどのロケーションが用意されており、自由に行き来することが可能。謎の調査を進めるには、丸がつけられた場所を探索することが原則となります。アイテムショップや病院など各種施設も利用することができ、パラメータの上昇・回復なども行えます。
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本作では探索を行うたびに、何かしらの不気味なイベントが発生します。イベントはなにか大きな事件が起こるというよりも、じっとりとした“ちょっと怖い”エピソードが主となっており、独特の不気味さを醸し出しています。
イベントでは力強さや敏捷性、知覚など様々なステータスがチェックされ、値によって成功・失敗が決定。結果によって破滅値が上昇したり、ステータスが上昇・下降するため、緊張感があります。
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調査を続けていると、時折戦闘に突入します。戦闘はターン制となっており、アクションごとに異なる行動コストを200以内に収め、攻撃や相手の調査などを行います。本作は全体的にステータスを回復する手段が少なく、戦闘でスタミナや理性を奪われすぎてしまうのは痛手。非戦闘イベントでもスタミナと理性を削られることがあるため、攻略に強く影響します。
戦闘中のコマンドでは命中率を上げることができますし、特に縛りがない状況であれば逃走も100%成功するので、リスク回避の選択も重要になります。
日本産ホラーの「じっとりとした怖さ」を巧みに抽出
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一本の筋が通ったストーリーが用意されている、いわゆる“テキストアドベンチャー”のようなゲームプレイを期待するユーザーも多く見られますが、そういった仕上がりを期待するとやや肩透かしを食らうでしょう。
本作の構造は「大小さまざまなジャパニーズホラーエピソードのオムニバス」的なものになっており、エンディングや根底のストーリーは非常にあっさりしています。そのため、基本の楽しみ方はキャラクターやバックストーリー、旧き神などさまざまな条件を変更し、クリアを目指して繰り返し挑戦を重ねるような「周回プレイ」となるでしょう。また、条件を達成することで主人公や条件をさらに開放していくという“遊び甲斐”もあります。
ゲーム開始時に「シナリオモード」と呼ばれるモードが表示されていますが、本記事執筆時点ではまだ実装されていません。これが実装されれば、ひとつ芯の通ったストーリーを楽しめるようになるかもしれませんが、現状ではどう期待していいかも未知数。2023年11月においては、あくまで『恐怖の世界』というゲームとしてパッケージングされた「ジャパニーズホラーオムニバス」風の作品であり、良くも悪くも説明不足である物語の中で“想像の余地”を楽しむことがメインです。
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本作は伊藤潤二やH.P.ラヴクラフトに影響を受けているといい、じっとりとした不気味さや未知への恐怖というものへの愛やが根底に感じられます。イベントの多くは日本的なものになっており、昭和初期に流行した都市伝説「赤い紙、青い紙」や、白石晃士監督の映像作品「コワすぎ!」シリーズに登場する口裂け女をオマージュした怪物が登場したりと、日本のホラーコンテンツへの情熱も伝わってきます。開発スタジオがポーランドでありながら、ここまでしっかりとジャパニーズホラー特有のじっとりとした怖さを実現できていることには驚かされます。
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この恐ろしさは、素晴らしいグラフィックとサウンドによって彩られています。グラフィックは白黒の1bitカラーが採用されていて、初期のマッキントッシュ向けゲームを彷彿とさせる雰囲気。キャラクターや背景などのイラストはすべてWindows標準搭載のMSペイントで描かれていて、その粗い線やシンプルな色で描かれた怪異たちは恐ろしさを倍増させます。そのこだわりはUIのアイコンにまで及んでおり、ドットフォントの日本語も雰囲気に溶け込んでいます。
サウンドトラックもロービットなチップチューンが採用されており、同じくロービットなSEとあわせて不気味さを盛り上げてくれます。クラシックゲームのサウンドによくあるどこか無機質な雰囲気も漂っていて、かっこよくもどこか不気味さの残る曲はプレイ後も耳に残り続けます。
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一方で、ゲームプレイとしてはやや物足りない部分もあります。本作を構成するイベントの大部分はランダム。登場するイベントを予測しづらく、どのステータスを上げてイベントに備えるか……など、進行のための戦略を練ることが非常に困難です。謎と関係のないロケーションを探索しても損をする可能性のほうが高いため、いきあたりばったりに◯のついたロケーション(調査中のメインの目的地)を追うだけのプレイになりがちです。また、1回のプレイは1時間から2時間ほどとあまり長くなく、キャラクター成長の機会が非常に少ないこともこの問題に拍車をかけています。
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ランダムで不条理なイベントは、本作の独特な不気味さを醸し出すことに成功しています。しかしその一方で、いささかランダムに頼りすぎな面もあり、RPGとして非常に味気ない体験に仕上がってしまっているのです。開始時の条件を変更すればもちろんある程度体験は変化しますし、ひとつの謎にも複数の結末が用意されているので、手探りで条件を探っていけば何度も楽しめます。ただし、条件変更による劇的な変化は起こりづらく、体験の底が見えやすいという欠点もあります。
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一部にはローカライズのミスも残っており、文字が表示部分からはみ出て読めなかったり、数値が正しく表示されていなかったりといった不具合が確認できます。筆者が遭遇したものは深刻なミスではないものの、特定の環境で実績の進捗が失われる大きなバグも存在しているそう。早急なパッチの配信が待たれます。
『恐怖の世界』は、ジャパニーズホラーが持つじっとりとした恐怖感が好きな人にとってはたまらない作品です。粗く描かれたグラフィックやロービットなチップチューンのサウンドトラックが塩川町で起こる数々の不気味な怪事件を特別なものに仕上げており、次々と怪事件の調査を進めたくなります。プレイ時間は短く、TRPGやボードゲームのセッションを気張らず楽しむようなプレイ感になっています。
一方でゲームプレイとしては課題も多く、ランダム性の強すぎるシステムや体験としての底の見えやすさなどはかなり目立ちます。良くも悪くも、本作の恐ろしさに魅入られないと脱落しやすい作品といえるでしょう。
・「じんわり怖い」というジャパニーズホラーの魅力をしっかりと掴み、落とし込めている
・粗いグラフィックやロービットなサウンドは恐怖演出のレベルを底上げしている
悪い点
・強すぎるランダム性や大きな変化に乏しい周回によって、納得感が薄く味気ない体験に
・小さなローカライズミス