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『METAL GEAR SOLID 3 SNAKE EATER』はソリッド・スネークの時代から大きく遡り、メタルギアの始まりである冷戦時代のネイキッド・スネークへ主人公を交代。ソ連から亡命を試みた技術者ソコロフを奪還する「スネークイーター作戦」を軸に物語が展開します。
技術者を抑えれば戦争でイニシアチブを取れる、そうした囲い込みは史実でも往々にして存在し、『メタルギア』シリーズに一貫したテーマである核兵器もまた、亡命した技術者によって開発されたもので、その多くはナチス政権から逃れてきたドイツ人でした。
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■アインシュタイン
相対性理論を発表したアインシュタインは世界各国に招かれる重要な科学者でしたが、ナチス政権で行われたユダヤ人迫害のため、国家反逆と見做されながらドイツからアメリカに亡命しました。1939年の世界大戦が始まる直前、アインシュタインは同じ物理学者のシラードから手紙の代書を依頼されます。1938年に発見されたばかりの核分裂が強力な破壊力を生み出す可能性が示されていて、シラードはそれをドイツが兵器に利用することを危惧し、アインシュタインのコネで政治の実権者に知らせようとしたのです。手紙は米大統領ルーズベルトに送られ、「アインシュタイン=シラードの手紙」として知られています。
この新たな現象はまた爆弾の製造につながるでしょうし、可能性はだいぶ下がりますが極めて強力な新型の爆弾を製造することも考えられます。
(中略)
この状況に照らして、閣下は、政府とアメリカ国内で連鎖反応を研究している物理学者のグループとの間でさらに永続的な接触を保つことが望ましいとお考えになるかもしれません。これを実現するひとつの可能性は、閣下の信頼する人物にこの仕事を託すことであり、その人物の立場は非公式なものとなるかもしれません。
この手紙をきっかけにマンハッタン計画がスタートし、枢軸国と連合国のどちらが先に原子爆弾を作れるか、ドイツから逃れてきた物理学者達はその競争に加わりました。アインシュタインは直接的にマンハッタン計画に関わったのではありませんが、10万人以上の死者を出す恐ろしい兵器を作るよう進言したことを生涯悔いていたと言われてます。
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■クラウス・フックス
フックスは共産党の支持者であったためにナチス政権の台頭に伴ってイギリスに亡命し、連合国側の原爆開発に関わりました。ロスアラモス研究所でマンハッタン計画に参加していましたが、その裏ではソ連に核開発の情報を流すスパイでもあったのです。技術をアメリカが独占するのではなく、ドイツに直接侵攻を受けているソ連こそ新兵器を持つべきだと彼は考え、原爆から水爆まで、ロスアラモスの研究は最初からソ連に全て筒抜けになっていました。戦後に発覚して逮捕された彼は9年間服役、出所後に日がドイツに迎えられて研究を続けます。その際に中国からの留学生を指導し、中国の核開発にも関与しました。
アインシュタインはドイツが、フックスはアメリカが技術を独占することを恐れ、より強力な核兵器を開発して牽制する「抑止力」の先駆けであったとも言われています。
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■ヴェルナー・フォン・ブラウン
ナチス政権下で兵器開発を行っていたフォン・ブラウンは、世界初の弾道ミサイル「V2」を造り、数百キロメートルに及ぶ長大な射程距離から爆撃を可能にしました。ナチスドイツは巡航ミサイル「V1」と併せてイギリスやベルギーに攻撃を仕掛け、対空では防ぎようがない一方的な爆撃は連合国側の市民を恐怖に陥れました。しかしフォン・ブラウンは元々有人宇宙旅行を目指してロケット技術者になったので、兵器開発もその手段に過ぎません。戦況への不満や、宇宙船開発をしたいという愚痴をよくこぼしていたようで、それを理由に彼は国家反逆の疑いで逮捕されてしまいます。ヒトラー自らの介入で釈放されましたが、以降もゲシュタポによる監視が続きました。
やがてドイツの敗北が見えてくると、フォン・ブラウンは鞍替えの一計を案じます。つまり、連合国側への亡命です。1945年5月、フォン・ブラウンはオーストリアに脱出してアメリカとの接触に成功します。アメリカは原爆に続いてV2の技術者を囲い込む作戦を立てており、V2ロケットの技術者達を「ペーパークリップ作戦」で獲得。一方でソ連側も同様にドイツの技術者を取り込み、V2ロケットの開発をしたチームが東西に分かれて冷戦の軍拡に加担する形になりました。それらの技術は宇宙開発に転用され、フォン・ブラウンはNASA局長としてアポロ計画を成功に導きます。
技術を囲い込んだり盗んだりと米ソの争いは熾烈でしたが、対ドイツでは一時的に協力関係にあり、1942年にソ連からアメリカへある変わったものが渡されます。それは、レニングラード包囲戦の最中に作曲されたショスタコーヴィチ「交響曲第7番」の楽譜です。現地で初演されたばかりのこの曲は大きな反響を呼び、連合国の対ソ連感情を動かすプロパガンダとして使われることになったのです。
楽譜はマイクロフィルムに撮影し、アフリカ、中東を経由しながら英米へ密かに運び込まれました。連合国に渡った音楽はラジオ放送で世界に向けて発信され、それから連日のように「交響曲第7番」が演奏され続けました。ショスタコーヴィチはタイム誌の表紙まで飾り、アメリカのレンドリース法を後押しする世論を形作るのに一役買ったのです。「交響曲第7番」は現代において政治的に利用された芸術の筆頭と言えるでしょう。
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今でこそ東西という枠になっている政治的な対立ですが、その30年前の第1次世界大戦はドイツ、オーストリアなどの「中央同盟国」と「連合国」の対立で、さらに遡れば英仏は世界の植民地を巡って争う不倶戴天の敵同士。長いスパンで見れば、敵味方は状況によって変わっていくものです。ウクライナを巡って亀裂を深める今のアメリカとロシアであっても宇宙開発は協力体制を維持していて、宇宙ステーションへの行き来に継続してソユーズを利用しています。
ミサイルとロケットは根本的には同一の技術であり、同じ遺伝子を持つソリッドとリキッドの関係のようです。それが空へ向けられるか、敵国に向けられるかは政治次第。これから宇宙に進出していく人類は同じ星を見る仲間となるか、違う星を見る敵味方に分かれるか、それを決めるのは今この時代なのかもしれません。
「ロケットは完璧に動作したが、間違った惑星に着地した」
ヴェルナー・フォン・ブラウン―V2ロケットがロンドンに撃ち込まれたことについて
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