本記事では導入部で扱う事象の情報を一部含んでいます。
読み進める前に体験版をプレイすることを推奨します。
この文章を椅子に座っているあなたにお伝えします。いま、私はあなたのその椅子に死の呪いを掛けました。椅子に座ったままこの記事を最後まで読んだ人間には、必ず死が訪れるでしょう。これは絶対に逃れられない運命なのです……。
……というのは冗談ではなくきちんとした根拠があるのですが、それはまた後ほど。集英社ゲームズのプロデュースによるアドベンチャーゲーム『都市伝説解体センター』の体験版が10月14日より配信されます。奇妙な霊体のようなもの主人公の「福来あざみ」と、千里眼の力で安楽椅子探偵をする「廻屋渉」が怪異解体センターで最初に取りかかるのは、座った人間が必ず死ぬという「呪いの椅子」の謎です。
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この話のモデルになっているのが、イギリスに実在する「デッドマンチェア(バズビーズチェア)」です。絞首刑にされた殺人犯トーマス・バズビーの呪いが掛けられた椅子がとあるパブに置かれていて、その椅子に座った者は早死や不幸な死が降りかかるというのです。新聞社「ウィークリー・ワールド・ニュース」によると65人が呪いの犠牲となり、戦時中にある兵士達が度胸試しに座ったところ、誰一人生きて還ってこなかったとか。この椅子はサースク博物館に寄贈されており、吊されている実物を見学できるようになっています(頼んでも絶対に座らせてもらえません)。
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「ヘタリア」で紹介されて日本でも有名になったバズビーズチェアですが、今出回っている都市伝説の話は、後付けの尾ひれである可能性が高いです。65人という数字を出した「ウィークリー・ワールド・ニュース」はイギリスですらないアメリカのタブロイド紙で、公式ページを見れば分かるとおりUFOなどの怪しいオカルト話をメインに扱っています。
新聞と一口に言ってもピンキリあるわけで、信憑性のある調査が成されているとは限らないのです。バズビーズチェア自体は実在しますが、この記事が初出の数字や付加エピソードはほぼ「メガ盛り」と行って差し支えないでしょう。都市伝説は語り手が自在に改変を行って、どんどん尾ひれを膨らませていく性質があります。そのため、調査をするにはまず情報を遡り、いつどこで「尾ひれ」が出現したのかを見極め、切り落としていく作業が必要です。
それ以前に、この椅子が作られた年代はバズビーの時代から1世紀近く後だという鑑定結果もあり、オリジナルが別にあったかもしれませんが、現存する椅子とバズビーには何の関係もないかもしれません。物証を調べるとそもそも伝説と矛盾する事実が見つかることもあるので、ここにも要注意です。
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では改めて、死の呪いのトリックについて解説します。鍵となるのは「万が一は必ず誰かに起こりうる」ということ。幸運や不幸を信じたくなるような珍しい体験は、個人のスケールで見れば偶然であっても、大人数の集団のスケールで見れば必ず誰かの身に起きることなのです。例えば万馬券や宝くじの1等は滅多に当たりませんが、主催者側からの視点では毎回誰かしらに当たるのは確認できますよね。
「何も起こらなかった」という方は、いちいち何も起こったことを報告したりはしません。占いや神社の願掛けが外れたとしても、外れたことにクレームを付けに入ったりはしないでしょう。そのため、不幸や幸運に「当たった声」に注目が集まり、その理由を探そうとして迷信や呪い、御利益の存在が生み出されます。
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投資詐欺に、これを利用した手口があるのをご存じでしょうか。毎日株価の上下を予測するメッセージをばらまくのですが、上がるパターンと下がるパターンの両方を用意し、その「予測」が当たった人にのみ翌日のメールを送ります。5日連続で当たる確率は1/32なので、初日に送りつける人数は100人規模になるのですが、詐欺の目的としてはこの1/32の少数に「投資の秘訣」を信じてもらえれば良いので、外れた人に取り合ったりはしません。そして信じてしまった一部の人に「秘訣」と高値で売りつけるというトリックです。インチキ霊能力だとこれが高い壷や水になるのでしょう。
死の呪いに戻すと、不死でない限り人間は遅かれ早かれ確実に死にます。ですから、冒頭の私が掛けた呪いも、「椅子に座ったから死ぬ」のではなく、「人間は必ず死ぬので、私の記事を読んでいる人『も』いずれは必ず死ぬ」ということを述べたに過ぎません。それが100年先の出来事であっても論理的には真と言えるでしょう。
ですが人間死ぬのは嫌なので、どこかで早死にするのは理不尽だと思っているはずです。故に、不幸な事故や事件を目にしたときには何か超自然的な力が働いたと思うことで、理不尽を和らげようとするのかもしれません。そうして「死んだ人間が椅子に座ったことがある」から「椅子に座ったせいで死んだ」と因果関係を逆転させてしまうのです。
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バズビーズチェアが呪われていようがいまいが、一人の人間に降りかかる不幸の確率には影響がなく、おそらく座ってみたけど別になんともなかった場合が圧倒的多数でしょう。有名になって試す人が増えれば、変な死に方をするケースも出てきます。
それでも度胸試しに挑戦する人間が多ければ多いほど、レアな「呪われた死」のサンプルがより多く出てくるというからくりです。強いて言うなら、度胸試しに挑むような人はリスクテイカーで危険を敏感に避けないからかもしれません。ましてや大戦中の兵士なら小隊全滅のような事態はさほど珍しくもないでしょう。よって、こうした「呪い」を調べるのであれば、「呪われなかった方」についても確認を取ることが大事です。
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こうした怪奇現象を解き明かす取り組みは古今東西ありますが、日本で有名なのはやはり「妖怪学」を提唱した井上円了でしょう。井上円了は怪奇現象の大半が人間の心理や自然環境によって引き起こされるとし、偽怪、誤怪、仮怪などのカテゴリを作りました。何か不思議なことがあったとしても、すぐに超自然を持ってくるのではなく、まずは冷静に科学や人間心理で解き明かすことを求めたのです。ですが全ての超自然を否定するのではなく、慎重を期しても明かせなかった謎の中に本物の怪異、即ち「真怪」を見つけられると説明しました。
この「真怪」はUFO関係にも応用することができますが、米国防総省にとっては未知ののスパイ兵器の可能性から解明の必要に迫られており、2022年から「UAP」を調査する機関AARO(All-domain Anomaly Resolution Office)を立ち上げました。公式ページには現時点で5件の未解明映像が掲載されており、最新鋭の解析技術を以てしても分からない事象があることを示しています。
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バズビーズチェアもWWNが盛った都市伝説を別にしても、パブには昔からバズビーの話が伝わっていて、パブになる前の宿屋時代には幽霊が出現していたとのこと。博物館に椅子を寄贈したオーナーも、実際に座った人間の不可解な死を直に体験していたそうです。科学や論理で一見説明が付けられるようでも、結局それは見解の一つに過ぎず、「真実」から程遠い的外れなのかもしれません。いずれにしても超常の存在を信じるか信じないか、それはあなた次第です。