『メタファー:リファンタジオ』のユークロニア連合王国では、街中で「公示人」と呼ばれる人々が演説を行う姿が見られます。中でも競技会を仕切る「バトリン」は物語の狂言回し的役割を担い、奇策で嵐を起こす主人公達を遠くから見守ります。日本ではあまり馴染みのない職業ですが、中世だけでなく実は20世紀初頭まで地域の広告塔を担っていたとても重要な仕事です。
公示人は英語で「Town crier」または「Bellman」と言い、一般的には「先触れ役」としている場合が多いです。平たく言えば政府広報の役割を負う人達です。
公的な発表である新しい法律やニュース、注意喚起を大声で周知し、統治者の意志を多くの人に伝えました。識字率が低い時代においては文字で掲示していても内容を理解できる人が少ないため、誤解が生まれないように口頭で読み上げる必要がありました。このとき、文字の掲示は宿の「柱(Post)」に張り出していたため、投稿する、あるいは新聞社を「Post」と呼ぶ語源にもなっています。
公示人を務めるには公文書や法の内容を理解できる、つまり高度な教育を受けていることが条件で、当時のエリートクラスの人物が担いました。権威の代理人として町の顔にもなり得るポジションですが、矢面に立って民衆の怒りを受け止めなければならないので、攻撃は反逆罪になるとしても、時には危険な目にも遭うのは想像に難くありません。
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公示人はドラムやトランペットなどの鳴り物を響かせながら街中を練り歩き、人が集まる辻や広場で立ち止まります。英語圏の作法では、まずベルを鳴らして“Oyez, Oyez, Oyez!”と3回呼びかけた後に具体的な布告を行います。それから最後に“God save the King(Queen)”と付け加えて終わります。威厳のある衣装で羊皮紙を手に読み上げる姿は、中世のドラマには欠かせない光景ですね。処刑の場において罪状を読み上げるのも公示人で、後片付けの手伝いもしていたとか。
政府広報とは別に、公示人は民間からの依頼で広告の仕事も私的に請け負いました。商品の宣伝から失せ物失せ人探しまで、内容問わず宣伝をします。公務員としての給与とは別ですが、税を納めることで自分の収入になりました。他のゲームでは金をつかませて噂を流したりもできましたね。1701年9月11日、サフォークのクレア市場で以下のような公示を行ったという記録が残っています。
11 September 1701. Cryed in Clare markett, one Thomas Sparrow, apprentice to one John Barnard of Sudbury, who did Runn Away from his master on the 23rd day of last August: he hath a Ruddy Complection and broune hair, with A scarr upon his forehead, with a sad Cullered fuschon frock, and payer of Callimankoo britches, and sad cullered stockens.
これによると、サドベリーのジョン・バーナードという師匠から逃げ出したトーマス・スパロウを探しているようで、ブラウンの髪、額の傷などの特徴も併せて紹介しています。
また、公示人達は広報活動だけでなく夜警を兼務しており、日没後の巡回や犯罪者の逮捕、消防隊など内容は多岐にわたります。1666年のロンドン大火の際にはそうした公示人達が声を出して、避難を呼びかけたおかげで死者を減らしたとも言われており、これらの活動からも広報のネタを集めていたようです。
新聞など印刷物の普及、教育制度の充実に伴う識字率の向上によって、近代頃には公示の読み上げは不要になり、現代において実務的な役割は既に無い公示人ですが、ロンドンでは3つの儀礼用役職のひとつとして公示人を任じていて、英国議会の解散や王室の動向などを公布します。他では地域の盛り上げ役としてボランティアの人々が演じており、俸給のある公務員として復活させた場所もあります。2年前のエリザベス2世女王のプラチナジュビリーおよび崩御、チャールズ3世即位の際もこうした各地の公示人達が声を張り上げました。
現代の公示人達は「ギルド」を結成し、定期的に競技会を開催しています。チェスターの「ハイクロス」と呼ばれる有名な十字路では、夏の間ほぼ毎日正午に立つ公示人がいるので、もし旅行で見かけたら、その呼び声を是非聴いてみて下さい。それでは、“God save the King!”
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