KAMITSUBAKI STUDIOとヨカゼは、テキストアドベンチャーゲーム『ムーンレスムーン』をPC(Steam)向けに配信しました。
本作は「インディーゲーム×音楽」をテーマにした作品。『ナツノカナタ beyond』『午前五時にピアノを弾く』などで知られるKazuhide Oka氏とKAMITSUBAKI STUDIOによる共同プロジェクト「ANMC」による、“まるでプレイできるMVのような体験”を作り出しています。
主人公は昼は普通の学校生活を送り、夜にときどき別の世界に迷い込む少女・ヨミチ。いくつもの世界を生きる彼女が人物と交流しながら、やがて世界のあり方を見つけていく物語が描かれます。
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本稿では『ムーンレスムーン』のプレイレポートをお届けしていきます。
少女が迷い込む不思議な世界
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『ムーンレスムーン』は、それぞれの世界での出来事がひとつの物語として纏まっていて、短編小説を読むような感覚で進行していきます。彼女が夜に迷い込む世界は月の砂漠やトンネルの中の喫茶店、空に浮かぶ島などで、そこには違った人が生活しています。
ヨミチがゲーム内で最初に迷い込む世界である月の砂漠で出会う女性・マドベは、どこか不思議な雰囲気を持つ人物。彼女は月の奥に見える町に住んでいるようで、ヨミチがこの世界に迷い込んだときには必ず出会い、他愛もない会話を楽しんでいるようです。
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それぞれの世界は何かしら独自の生活ルールがあるようで、ヨミチとキャラクターの会話などを通じて少しずつその内容が明らかになっていきます。例えばトンネルの世界にある喫茶店では「コーヒーの代価が涙」で、それがごく自然に、喫茶店の主人・ホシとの会話やモノローグを通じて描かれていきます。
また、空に浮かぶ島に1人で住む少女・イトとの会話の中で、ヨミチは不思議な「蝶の標本」を預けられます。この標本だけは、なぜかヨミチの元の世界へと持ち込めるもので、この存在がやがて大きな意味を持つようになります。なんでもない会話でもどこか記憶に残るテキストで、物語に意味を与えている点が印象的です。
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ゲーム内では、主人公の少女・ヨミチが会話したり、見ていたり、感じていたりするものを中心に描写されます。『ナツノカナタ』などが代表的ですが、Kazuhide Oka氏の作り出す世界観やテキストは身近で親しみやすくも、何かしらの「違和感」や「ズレ」に気付かされていくものが多く、本作でもその魅力をたっぷりと感じられます。
言葉を当てはめる「RIDDLE」の存在
本作は基本的にテキストを読み進めていくのが中心ですが、ゲーム内には「RIDDLE」と呼ばれるミニゲームが存在しています。これは文章内の歯抜けの部分を補完することでストーリーを進めていくものです。
「RIDDLE」を埋めるために必要な単語はテキスト内から見つけ出す方式。例えば最初の月の砂漠であれば、周囲を見渡したナレーションから「時間」「星々」「歩く」といった単語をピックアップし、その単語を使って文章を埋めていくといったイメージです。
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この「RIDDLE」は『ムーンレスムーン』で唯一の“ゲームらしい”とも言える部分です。ただ無理にゲーム要素を入れているというわけでなく、単語を探すために派生するテキストも用意されていて、それを読むことでより鮮明な世界の姿を想像することもできるようになっています。
ヨミチの感覚を通じて細かい描写を楽しめるのも本作の魅力です。性格や考えの違うキャラクター同士の掛け合いの面白さも最高なのですが、世界を移動する際に、まばたきをするような演出で風景が閉じていくなど、読んでいるだけでなく彼女のダイレクトな雰囲気を味わえる部分にも注目してほしいところです。
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良質な読み物やMVとして最高の一本
“まるでプレイできるMVのような体験”と紹介している本作は、実際にゲーム中で物語の合間に3人のアーティストによるボーカル入りのアニメーションMVが流れます。このアニメは思わず見とれてしまうほどに素晴らしく、本作のストーリーを盛り上げます。
また、ストーリーの背景に流れるピアノのBGMも心地よく、イラストやテキストと相性抜群。極上の作り手たちの個性を感じられる絵・話・音は素晴らしい一体感があり、とても心穏やかにテキストを読み進めながら、気が付けば、最後までゲームをプレイしてしまいます。
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登場キャラクターたちは全員がそれぞれの考えや生き方を持ち、ヨミチは交流していく中で、自分のことを深く考えるようになっていきます。それは思春期のような悩みでもあり、この世界の根幹に関わるものでもあり、物語を読み進めることで、プレイヤーへの理解にも繋がっていくのです。
なぜヨミチが別の世界へと行くようになったのか。別の世界に住んでいる人々は自分たちと何が違うのか。そもそも自分が体験しているものは“現実”なのか。ヨミチの視点を通じて見える世界の変化と理解は、是非とも実際にプレイすることで感じ取ってほしいと思います。
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なお、ゲーム中で流れるMVはメニューのギャラリーからいつでも見返すことができます。このMVのアニメにも作中のさまざまなエッセンスが散りばめられている印象なので、クリア後に再び見返すのもオススメです。
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Kazuhide Oka氏をはじめ、極上の作り手たちによる共同プロジェクト「ANMC」が織りなす少女の物語を描く『ムーンレスムーン』の世界は、どこか美しさと不思議さに満ち溢れています。引き込まれるようなまるで良質な小説やアニメ、短編映画などを見ているような、素晴らしい充足感と読後感を与えてくれます。
衝撃的だったのは、やはりゲーム内で流れるアニメーションMVです。kahocaさん、WaMiさん、むトさんのボーカルは世界観やアニメの演出にもぴったりで「これを観られたのは幸せだなあ」と思えるような、最高の時間を過ごすことができました。個人的には各ボーカル曲の配信開始を心待ちにしています。
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もちろんKazuhide Oka氏の手がけるテキストも印象的で、会話の中でのキャラクターたちの表情の変化や雰囲気が読み取れるような感覚を味わえます。Steamストアページを見て気になった人や『ナツノカナタ』『午前五時にピアノを弾く』が好きな人ならば、きっと楽しめると思います。
極上のテキストとイラスト、BGMが織りなす物語は“プレイできるMV体験”に偽りなし!プレイしていて気が付けば最後まで駆け抜けているスパね!