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国内だけでも直近で1,100万ダウンロードを突破した驚異的パズルゲーム『パズル&ドラゴンズ』のガンホー代表取締役社長森下一喜氏がなぜかヘッドカメラを着装してGDCの壇上に立ちました。本当はコスプレして登壇するつもりだったがスタッフ全員から必死に止められたとのこと。
ガンホー。そう聞くだけでアレルギー反応を示す方もいらっしゃることでしょう。しかし、森下氏はまず『パズドラ』の記録的ヒットについて「運が良かっただけ。100%率直に、運です。」と極めて謙虚な姿勢を示しました。このスタンスはセッション中始終崩れません。後からヒットした理由を結果論的に語っても無意味で、ロジックなど考えずただ必死に創っているだけだったとしました。GDC全体を通して見て、じつは意外に「レア!」な論調です。なお、DAUやMAUは見たこともないような非常に高い数値とのこと。
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スマホ向けゲーム市場が拡大する中でいかにしてゲームデザインを考えるかについて「まさかマネタイゼーションとかKPIとかを考えてゲームを創ってはいませんよね?」とじつに重い発言。しかるのちに、100%面白くなるまでは開発の大幅なリバイズも辞さず、つまらないものを会社の都合でリリースしてもいい結果はないとしました。そしてそれは今までの反省点であるとのことです。重みを感じ取っていただけるでしょうか。
また、100%オレンジジュースが90%や80%でもダメだと例示し、リリースしたあとも面白さの追求を継続することの重要性を主張。しかしながら、それでも「この業界はうまくいくこともいかないこともある。」「面白いものを続けていたならあとはヒットをするのを待つしかない。」「だから最終的には運。」と人事を尽くして天命を待つスタイルを示しました。
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さらに、ゲームの面白さを高めることはゲーム開発者にとってはゲーム作りを楽しむことである、自分が楽しまなければ人を楽しませることはできないとしました。こうした説はしばしば耳にしますが、多少短くとも深い歴史を持つガンホーから飛び出た意義は全く軽くありません。
続いて、すべてのエンターテイメントは限定された余暇の時間を束縛するもの。すべてのエンターテイメントが我々のライバルであるとした上で、「面白さの基準はひとそれぞれ。だから正解もセオリーもない。ゆえに本当に面白いと思ったことを基準としている。」と先程の自説を詳述しました。
核心であるガンホーによる開発の5ヶ条は、「革新的」「直感的」「魅力的」「継続的」「演出的」。森下氏は具体例として『パズドラ』を挙げて説明します。なお、『パズドラ』がこの5つを満たすことに概ね疑問の余地はありません。
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『パズドラ』は当初プロデューサーの山本大介氏と2人組で始めたプロジェクトで、カードゲームが乱造される市場に嫌気がさしたことからスタートしています。2ヶ月くらいで企画を詰める間、マネタイズやKPIといった経営指標を交えず、純粋に面白さにこだわったとのことです。こだわりの例として、当初横持ちのパズルゲームだったが片手でプレイできるように縦持ちに変更したことなどを挙げました。
そして、『パズドラ』の中核にして最大の魅力である3マッチパズル部分については、触感にこだわり4回くらいは作りなおしたことを明かした上で、「この動きを再現できたのは正直言ってプログラマーが頑張ったからだ。何度も駄目出ししたがプログラマーが必死に動きの実現を頑張った。」としました。こうした製作工程を紹介する上で、プログラマーの働きを称賛する事象を比喩表現すると「激レア!」です。
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さらに、プレイヤーの修練度と偶然性のバランスや時間感覚の重要性についても言及。つまり『パズドラ』で言うところの、運連鎖の味付けや、「1回操作原則4秒」です。とくに後者について、たとえば10分の時間を与えられたとして、その10分を目一杯使うゲームデザインはナンセンスだとしました。
運営について。ガンホーを語る上では外せない要素ではありますが、歴史については敢えて当記事では詳述を避けます。ともかく、森下氏は「おもてなし」であると説明。ウェブサービスにつきまとうトラブルやメンテナンスを、課金アイテム無料配信での謝罪(いわゆる詫び石)を例に、逆にチャンスとする手法を解説しました。さらにおもてなしとしては、ゲーム内イベントを日刊・週刊・月間など頻繁に行うことや、オフラインイベントも企画することも紹介。ガンホーが苦難と受難の果てに辿り着いた一つの解答です。
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最後に、代表取締役でありながら社長業をあまりしないと自称する森下氏のポリシーが挙げられました。いわく、「より面白いことを思いついたなら仕様変更せよ」。タブー中のタブーに聞こえなくもありませんが、任天堂宮本茂氏の伝統芸ちゃぶ台返しに代表されるように、素晴らしいゲームを創りあげる上では避けては通れない道ということでしょう。事業計画も予算も立てないというガンホーが同様のアプローチをとれるのは、それなりの余裕があるからと想像して差し支えなさそうです。また、開発畑と経営畑を経験した森下氏が、少なくとも現状"カネ"にこだわらないという結論に着地していることにも重みがあります。
『ラグナロクオンライン』ヒット後、経営マネジメントに集中し、組織が肥大化した結果、様々な形でクリエイターを苦しめたと告白する森下氏。何一つ成果が出ず悩みぬいた末、結局「最高に面白いゲームを作ろう、そうすれば誰かがプレイしてくれて、広めてくれて、運をつかめるかもしれない」という解決策に達したとのこと。10年かかってゲームを創ることの幸せを理解したと述べる森下氏の表情は感慨深げでした。
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最後の質疑応答で興味深かったのはプロモーションについて。場外ホームラン級のタイトルでありながら、プロモーション活動は積極的に行なっておらず、マスメディア向けのコマーシャルを行い始めたのは2012年10月からとのこと。カネを突っ込んでカネを回収するスタイルではなく、いわゆるバイラルマーケティングがまずありきで、それを加速させるためにマスメディアを活かすことができたとしました。
完全な私事ですが、記者は偶然前日に「ゲームの面白さは、人それぞれの体験に基づくから基準がバラバラ。」と、森下氏の発言に酷似するツイートをしていました。また、以前の記事でも述べた通り『パズドラ』はそこそこプレイしています。正直に言って、最初本作を勧められたときは「パズル?ドラゴン?ガンホー?スマホ?」ですぐにはプレイしていませんでした。しかしいざ触ってみて、面白さを理解したときに衝撃を感じたのをよく覚えています。何故ガンホーがこれほどの作品を創造できたのか、今回のセッションでようやくわかった気がしました。
『パズドラ』は大成功しました。次の作品も期待できるでしょう。なぜなら、無茶をするだけの余裕と、無茶を容認する責任者と、無茶に応じるクリエイターたちが存在するようだからです。