──イバイさんは、手塚治虫作品の魅力とはどのようなものだと思いますか?
イバイ氏:10代や20代の時からもちろん読んでいるんですが、最近読んで感じた点として、「少ないページ数、少ないコマ数でたくさん語る」という点ですごく天才的な方なんだなと思いました。特に「MW」は、最初の20ページだけでも展開がすごく早くて、また気分が悪くなるくらいの内容が濃密に描かれているんですよね。
そしてもうひとつは、「とても辛いシーンをスラリと描いて、読者を“変な気持ち”にさせない力」も持っておられたんだなと感じています。例えば「アラバスター」という作品があるんですが、その中でロックというキャラが女の子に暴行を働くんです。ところがその被害者である女の子は透明人間なので、暴行シーンが描かれていないんですよ。
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──被害に遭っている女の子が描画的に描かれていないわけですね。
イバイ氏:大人が読むと、何が起きているのか分かる。でも、当時10代だった僕は“変な気持ち”にならなかったんです。あれだけボリュームのあるものを描かれているのに、同時にひとつひとつを丁寧に描いていて、全てのページに意味があるんです。この2点を、私は特に強く感じています。
──ただただ過激に描くわけではなく、しかしドラマティックである、と。
イバイ氏:最近の漫画には、何も起きない作品も多いじゃないですか。ページ数はやたら多いのに、ひとつのバトルシーンが延々と続くような(笑)。
──ありますね、敢えて具体的なタイトルは聞きませんが!(笑)
松山氏:コラコラ(笑)。
イバイ氏:もちろんそれがいいこともあるんでしょうけど、やはりストーリーの見せ方や素晴らしさにおいて、手塚治虫先生は格別だったと思います。
──なるほど、ありがとうございます。では松山さんは、手塚作品の魅力をどのように感じておられますか?
松山氏:私が物心ついた時に手塚先生の作品を読んだのは、「七色いんこ」や「ブッキラによろしく」などの、少年チャンピオンで連載されていた時期のものでした。いわゆる後期の作品ですよね。ですが、学校の図書室には「火の鳥」「鉄腕アトム」が置いてあるわけですよ。
学校に置いてある本を描いている人が、漫画雑誌で連載をしている。片方はタダで読めて、片方はお金を払って読むという状況の特殊さから、すごい特別な漫画なんだなと漠然と感じていました。
あと、私が生まれる前から手塚先生は漫画を描かれていたので、後になってから「鉄腕アトム」や「ブラックジャック」を読んだんです。そのため、絵柄の違いも印象的だったんです。特に「鉄腕アトム」などは、可愛い絵柄じゃないですか。なのに、思いの外エグいというか、残酷な表現……言い換えるなら、「大人な表現」も結構多いんですよね。
その上で、おそらく敢えてだと思いますが、多くを語らずスパッと先に展開が進むんですよ。そういった世の中の残酷さと言うか、ドライな面を、よくあの時代に表現できたなと子供ながら感銘を受けたんです。どこかに、読者を「ゾクリ」と感じさせる要素が盛り込まれていて、「どこまで刺せば心に残るのか」を分かった上で構成されているんですよね。
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──本当に、一生心に残るシーンとかありますよね。
松山氏:あと、長編モノも無論好きなんですが、短編も結構好きなんですよ。後にリメイクもされましたが、「鉄の旋律」という短編作品がありまして。いわゆる復讐モノでして、私自身好きなモチーフでもあるんですよ。でも手塚先生の描く復讐モノというのは、ある種本当に救いがないじゃないですか。その上で、人間の醜い部分と希望が持てる部分を両方描かれているのが、すごく印象的だなと思います。
──それではいよいよ、本作に関して詳しく教えてください。まず、本作のプロジェクトが立ち上がった経緯はどのようなものでしたか?
イバイ氏:私はだいぶ前から、日本にはなぜ「アベンジャーズ」のような作品がないのかと不思議に思っていたんです。日本ほどクリエイターの多い国はありませんし、キャラクターも大変多い。もちろん権利関係で難しいのだろうとも思いますが、何かできることはないのかなと考えていた時にふと、「手塚治虫」という名前が出てきたんです。
手塚治作品のキャラクターの数は、とても多いですよね。正確には何キャラくらいいるのですか?
手塚氏:細かいのまで入れると、2,000キャラくらいかな。
──そんなにですか!
イバイ氏:数も多い上に、もちろん格好いいキャラクターも沢山いるわけです。弊社の力では残念ながら、『スマブラ』のようなものや大作RPGなどは作れませんが、沢山のキャラを紹介しつつ、デザインもリメイクして今風にアレンジし、そして新たな物語も描けるようなゲームにするには、カードゲームが最適なのかなと考えました。
その時、ちょうど空いていた開発ラインのトップが『ハースストーン』にハマっていて、カードゲームの開発経験もあったんですよ。その彼が「『ハースストーン』を超えるカードゲームはできる」と言ってくれたんです。
──おおー!
イバイ氏:そしてゲーム部分のプロトタイプも作ってくれて、それを実際に遊んでみたところ、これだったら挑めるかなと。その後、手塚プロダクション様にお願いしに行ったら「じゃあ眞さんに聞いてみてください」と言われ、この企画が本格的に動き出しました。
──お話を持っていったのは、いつ頃になりますか?
イバイ氏:去年の夏ですね。
──昨年、本作の企画を始めて耳にした時、手塚さんはどのような印象を持たれましたか?
手塚氏:手塚キャラを使ったゲームは過去にも何作品かあったので、最初に企画を聞いた時点では「ああ、またゲーム化なんだな」という感じでした。ただ実際にイバイさんに会って、細かくお話を伺ったところ、「ちょっと面白そうだな」という感覚になりまして。
ただその一方で、僕は全然ゲームが詳しくなくて、カードゲームに対してもほとんど知識がない状態でした。そのため、ゲームとして面白いのかは全然分からなくて(笑)。なので色々見せてもらったり、イバイさんの会社にお邪魔したりする中で、じわじわと「今までにないものが出来るんじゃないかな」という手応えになっていきました。
イバイ氏:眞さんは、例えば口調ひとつを取っても、「火の鳥は命令形で喋ることはないよね」とか「ブラックジャックはこのような口の利き方は絶対しないだろう」と、実に細かくチェックしてくださっています。
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手塚氏:カードゲームと聞いていたのに、かなり分厚いシナリオが届いたので、「これ何のゲームなんだろう?」と思いましたよ(笑)。まるで映画みたいなシナリオなんです。しっかりと書き込まれていて。
イバイ氏:ベースゲームのシナリオは7万文字ほどになります。そしてエクスパンションごとに、それくらいのボリュームのものを出していこうと考えています。
──本編がリリースされた後は、エクスパンションが配信されるんですね?
イバイ氏:はい。3ヶ月ごとに展開していく予定です。最初のエクスパンションは、手塚治虫作品の「バンパイヤ」に基づいており、作品のキャラクターたちが登場します。その後は、サンダーマスクやビッグXといったスーパーヒーローたちが出演するものもありますね。
──手塚治虫作品が、サイバーパンクという世界観に集うという話を聞いた時に、松山さんはどのような印象を受けましたか?
松山氏:私のところにお話がきたのは今年の春頃なんですけども、その時点ではもうゲームのプロトタイプやストーリーの大まかなラインが出来ていたんです。世界観のイメージボードもあり、どういった作品なのか理解できる状態だったので、「なるほど、これは確かに面白い」と感じました。
ただ、普通、ワールドワイドで展開するゲームを作る場合、シナリオよりも世界観設定やデザイン、アクション性などのゲーム部分の面白さで勝負するものですが、この作品はシナリオにも力を入れているんですよね。(海外に展開する際には)シナリオを全部各国の言語に全部ローカライズしなきゃいけないわけですよ。「この量をよくやるなー」と率直に思いました(笑)。
──相当大変な量なんですね。
松山氏:そして同時に、すごいシナリオだなとも思いました。「鉄腕アトム」を真ん中に置きつつも、手塚治虫作品に登場する数多くのキャラクターが登場する夢のようなゲームになっているので、「これはイケるな」と私自身も感じています。
全貌はまだ言えませんが(笑)、本当に面白い作品ですよ。サイバーパンクと一口に言っても色々あるわけですが、ハードさも含めて、さじ加減が「ちょうどいいな」という印象です。
手塚氏:今回シナリオやデザインをやっていただいているイバイさんのところのスタッフさんは、日本人ではない方が多いんですよ。もちろん、皆さん手塚作品を読まれていて熟知されているんですが、やっぱり日本人の感覚とちょっと違うんですよ。それが逆に、すごく面白いなと感じています。「日本人じゃない方の手塚治虫観」のようなものが見えて、僕らにとっても新鮮ですね。
日本人のクリエイターだと、みんなある種の想いがあって、それはどこか共通なんです。どんなに変えようと思っても変えられない一線というか、むしろ守りたい部分のようなものが。でも、誰かが崩さないと面白くないじゃないですか。その辺りが、今までのストレートな手塚作品のアレンジとは違う部分かなと感じています。
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──日本とは異なる文化で育った方々が、手塚作品に新しい刺激をもたらしてくれるわけですね。
手塚氏:例えば、手塚作品を使って「アベンジャーズ」みたいなヒーローものを作ろうと、思いつくことは出来ると思うんですよ。でも実際にはやれないですよね、怖くて(笑)。(こちらに)頼みにも来ないわけですよ。
──怒られてしまうかも、とも思ってしまいますしね(笑)。
手塚氏:酒の席で盛り上がって終わり、みたいな感じになると思うんです。でもその辺りの感覚を、イバイさんとかが軽く飛び越えてきてくれるので(笑)、逆に面白いなと。