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海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。どのように行われているのか詳しく知りたいと思ったことはありませんか?
日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。
有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。許可されているものには、Mod(ユーザーによる改造)が公式に認められている場合や、直接許可を得ている場合などがあり、最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。
「有志日本語化の現場から」では、日本語非対応の海外PCゲームを独自に翻訳している有志日本語化チームの声をお届けします。なお、本企画で取り上げる個人および団体は「メーカーの許可範囲内」もしくは「メーカー公認」のもとに活動しています。
連載第3回は『Hearts of Iron IV』日本語化管理人を務めるflowlanss氏に話を訊きました。なお、管理人は最近交代が行われ、flowlanss氏は新しい管理人となります。
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『Hearts of Iron IV』作品紹介
第二次世界大戦を舞台にした本格派ストラテジーゲーム。デベロッパーのParadox Development StudioはMod制作を奨励していることで知られ、有志日本語化もModとしてSteamワークショップで配布されています。
『Hearts of Iron IV』有志日本語化「Japanese Language mod」
(Steamワークショップ)
全般
議論したり励ましあったりして、楽しかった覚えがあります
――今回のインタビューはあくまで個人的なものですが、その理由をお聞かせください。
flowlanss氏次の三つの理由から、『Hearts of Iron IV』日本語化の代表としてではなく、私個人の意見として聞いて欲しいと思っています。第一に、私自身の経験が浅く、私の認識している範囲でしかお話できないこと。第二に、翻訳コミュニティ自体がごく緩いコミュニティであり、管理者グループも翻訳方針以外の意思統一をしていないこと。第三に、管理者グループは匿名の翻訳者全体を管理しているわけではなく、最終的な訳出の決定とMod化をしているだけだということ。この三つの理由です。
――『Hearts of Iron IV』の有志日本語化が立ち上がった経緯を教えてください。
flowlanss氏匿名掲示板を見ていたら、いつの間にかGoogleスプレッドシートの作業所が立ち上がっていました。『Hearts of Iron IV』が発売される前月に(同じParadox Development Studioの)『Stellaris』が発売されていて、それと同様に日本語化ができそうだという事前情報から、誰かが発売前に準備していたのだと思います。
――作業所を立ち上げた方は管理者グループに加わったのですか?
flowlanss氏実は詳しく知らないのです。たぶん管理者グループのあの人かなくらいで、実際に聞いたりしたことはありません。もともと匿名掲示板発祥の匿名コミュニティなところがあるので、聞くのも野暮かと思いまして。
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――初期のコミュニティはどんな様子でしたか?
flowlanss氏作業所に記録があるのですが、そこには11日間で翻訳率100%とあります。私はその頃翻訳に没頭していましたが、実際全体的な熱気がすごかったですね。翻訳に関係ないセル(スプレッドシートの入力欄)で議論したり励ましあったりして、楽しかった覚えがあります。
――その翻訳速度が実現できた理由はなんだと思いますか?
flowlanss氏まず翻訳率を100%にして、100%になったら校正する。今でも変わっていないこの基本方針と、圧倒的なマンパワーによると思います。完訳の時点ではあまり校正をかけたりせず、とにかく未訳部分を重点的につぶしていました。ですから、発売から11日後の時点の翻訳は結構変なところもあったかと思います。
――翻訳者は何人くらい参加していたのですか?
flowlanss氏実際の人数についてはわかりませんが、10人から15人くらいは常に出入りして作業していたと記憶しています。もっと多かったかもしれません。
――用語の決定などで議論が白熱することはなかったのですか?
flowlanss氏その頃、私は無邪気に翻訳済みのパーセンテージを追っていて、議論についてはあまり気にしていませんでした。発売前から匿名掲示板で議論が白熱していることはありましたし、スプレッドシート上でも白熱した場面はあったかと思います。
――現在の運営について教えてください。
flowlanss氏現在、管理者が7名おり、たくさんの有志翻訳者の方々に支えられて運営しています。管理者内の連絡はDiscordで、訳文議論などはDiscordとSteamワークショップのコメント欄、匿名掲示板で行っています。
――管理者はどのように決まったのですか?
flowlanss氏初期についてはよく知りませんが、私は管理者募集を見かけて参加しました。他の方も募集に応じて参加したのだと思います。
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翻訳
わからない単語を調べていくと色々な知識が否応なく手に入ります
――機械翻訳はどのように利用していますか?
flowlanss氏まず一度読んでみて、どうにもわからなかったら機械翻訳にかけて大意をつかむのに使っています。
――翻訳率優先でも、機械翻訳はそのまま使わないのですか?
flowlanss氏『Hearts of Iron IV』日本語化においては、機械翻訳をそのまま使うことは禁止しています。機械翻訳の訳文を確認して、それでも修正不要な場合のみ機械翻訳と同じでも仕方ないというスタンスですね。
――ネット上の辞書はどのように利用していますか?
flowlanss氏単語がわからなくなったらWeblioなどで逐一調べています。正直言ってボキャブラリーには自信がないので、ネット辞書を引きまくっていますね。英和はもちろん、英英辞典なども使ってわからないことは調べまくります。
――Wikipediaはどのように利用していますか?
flowlanss氏ある項目に対して日本語のWikipediaでは情報が足りない時には、英語など外国語のWikipediaも参照します。Wikipediaも言語ごとに情報の細かさが違うので、時間はかかりますが必要な情報が得られる可能性は高くなります。
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――翻訳する上で歴史や軍事などの専門知識は必要ですか?
flowlanss氏重要だけど必須ではないという感じでしょうか。ある程度あるとスムーズに翻訳できるけれど、コミュニティ翻訳なので、どうしてもわからない場合は他の人に託すことができます。私自身、歴史イベント系はそれほど詳しくないので、ゲームシステム系のところを翻訳することが多いですね。
――翻訳を通じて新しい知識が得られることはありますか?
flowlanss氏どうしてもわからない単語を調べていくと色々な知識が否応なく手に入ります。項目一つどころか関連項目も芋づる式に読まざるを得ない場合もありますね。あまり深い沼にはまりそうだったら手を引くことも(笑)。
――特に翻訳が難しい表現はありますか?
flowlanss氏表現というか、バルカン半島情勢などは難しいなと思います。史実的にも、ゲームの処理的にもごちゃごちゃしていて、わからなくて他の人に投げちゃいましたね。他には、飛行船ヒンデンブルク号爆発事故の“Oh, the humanity!”という原文を翻訳すべきかどうかという問題がありました。一時は「なんてことだ!」という意訳がなされましたが、アメリカの記者の発言を引用したものということで原文・意訳併記となりました。
――アメリカ軍が降伏勧告を断った“NUTS!”はどう訳されていますか?
flowlanss氏ローディング画面の格言に登場しています。こちらは「馬鹿め!」と訳されていますね。アニメ「宇宙戦艦ヤマト」でオマージュされているので日本人にも馴染みがあり、そのまま採用されています。
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共同作業
皆が集まって訳しては、終わったら休むという感じで自由です
――どのようなツールを利用していますか?
flowlanss氏翻訳者が必ず使っているのは翻訳作業所となっているGoogleスプレッドシートくらいです。他にも人によってはGoogle翻訳などのツールを使っていると思います。管理者はバージョンアップ時の差分を共有するためにGitBucketを、旧バージョンの管理用にGitHubを使っています。
――翻訳者が注意すべき約束事にはどんなものがありますか?
flowlanss氏基本的な取り決めは作業所の注意事項に書いてあります。例えば、データを取り込む際に不具合が起こるので、セル内改行や半角引用符を使わないことなどです。また、翻訳ルールや文体も定まったものがあります。記号は全角を使用し、引用符はカギカッコに、ピリオド3つは全角三点リーダー2つに置き換えるといった取り決めです。翻訳者は注意事項をよく読んで翻訳をして欲しいですね。
――共同作業を円滑に進めるためのルールはありますか?
flowlanss氏せいぜい議論や不具合報告を行う場所の指定くらいです。訳語議論の起案自体は自由で、作業所の指定のシートに起案し、最低3日間議論して訳語が出揃ったら投票にかけるという流れです。
――役割分担にはどのようなものがありますか?
flowlanss氏管理者の中での話ですが、バージョンアップをスプレッドシートへ反映する人とそれを確認する人を分けて、ダブルチェックを行っています。また、訳語議論の管理を行う管理者も専門に設けられています。翻訳自体は皆が集まって訳しては、終わったら休むという感じで自由ですね。
――参加者間のコミュニケーションはどのように行っていますか?
flowlanss氏現在はSteamワークショップのコメント欄と匿名掲示板からDiscordに情報を吸い上げて、アップデートしたらコメント欄に通知するようにしています。しかし、その情報がちゃんと受け取られるかどうかはわからないので、意思疎通の問題については悩んでいます。匿名コミュニティなので、受け取る側が受け取りたいときに受け取るでもいいのかもしれません。
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未来の有志へ
あなたが日本語化を楽しいと思えば、それはあなたの道です
――有志日本語化に参加したいユーザーはなにから始めればいいですか?
flowlanss氏ゲームをプレイしてゲームへの理解と愛を深めること。有志日本語化が良くなるには、プレイフィールに合う翻訳が重要だと考えています。文脈、雰囲気、そういったものを反映できるのが、期日に追われず翻訳できる有志日本語化の強みだと思います。
――参加者が自分で用意しなければならないものはありますか?
flowlanss氏穏やかで寛容な心。こだわりを捨てろというわけではありませんが、有志の集いですから大人の割り切りも必要です。どうしても気に食わないところがあれば、別のModとして公開するべきです。
――作業は大変ではありませんか?
flowlanss氏私としては、「有志日本語化は趣味。楽しめる範囲でやる。」というスタンスを大事にしたくて、皆さんにもこれを共有して欲しいと思っています。強制はしないけれど「やりたいだけやる。やりたくないところは誰かに任せる。」でいいと思っています。
――これから有志日本語化を志す方に一言お願いします。
flowlanss氏あなたが日本語化を楽しいと思えば、それはあなたの道です。思い切って踏み込んでください。しんどくなったら休憩して構わないですから。
――最後に有志日本語化を通じて感じたことを教えてください。
flowlanss氏これは有志日本語化だけでなく、長年Mod文化に触れて感じたことです。
私は十数年間Modをいじっていますが、良いと思ったModはどんどん導入するし、要らないと思ったら抜く、欲しいと思ったら作る。他の人も同じで、自分の好きな環境を作る。
私が他の人の環境に口出しする必要はないですし、他の人の環境がいいなと思ったら、真似たり、合わせたりする。Modが許される環境だったら、他人に合わせても怒られないし、他人が合わせてきても怒らない。
そういう自由を大事にしたいと考えています。
――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。