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【新連載】『聖剣伝説レジェンド オブ マナ』世界五分前仮説―我々は第四の壁を破れるのか【ゲームで世界を観る#1】

まっしろなココロの人は、新しい世界に行けるんだって。イメージできるんだって。

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まっしろなココロの人は、

新しい世界に行けるんだって。

イメージできるんだって。


新たに始まる当連載【ゲームで世界を観る】では、世界観を理解するための歴史、文化、科学、社会的側面、政治面などの深掘りや、違った視点からの考察、時には妄想も交え、ゲームを起点にして様々なことをジャンル問わず取り上げていきます。新しい発見によって、プレイヤーの皆様が作品をもっと好きになる。そのきっかけとなれれば幸いです。英文に特化した連載【ゲームで英語漬け】の姉妹編として、お付き合いよろしくお願いします。


過去が「本物」だと証明できる? 創られた世界の真実とは

聖剣伝説レジェンド オブ マナ』は、地図上に町やステージを自由に配置する「ランドメイクシステム」を通じて進行します。舞台となる世界「ファ・ディール」はマナの樹の消失によって一度崩壊し、その記憶が魔道具「アーティファクト」に封じ込められました。主人公が地図にアーティファクトを置くと、遙か以前からそこにあったかのように、その場所に町や地形が現れます。『レジェンドオブマナ』の物語は、地図作りを通して世界を再生することが大きな目的になっているのです。

住人達は古からの長い歴史と、生まれてきてから生きてきた人生を語ります。そこにずっと「いた」ことに疑いがありません。ですが実際は、主人公が「イメージ」して新たに創造した世界であり、彼らは「元」の存在ではなく、記憶から新たに復元した別の存在なのです。

草人の説明では、マナの樹に至る旅で出会う人々と景色は全て、主人公がイメージから生み出したことになっています。しかし、被創造の側からはそのようなことは分かりませんし、言っても信じてはもらえないでしょう。世界がたった5分前に創造されたことを、彼らが知ることはできるのでしょうか。

それと同じように、私たちのいるこの世界が、ついさっき誰かに創造されたものだったとしたら? そんなことを考える思考実験が、バートランド・ラッセルが提唱した「世界五分前仮説(The five-minute hypothesis)」です。

曰くラッセルは、私たちが長い間経験してきたと思われる記憶や経験、世界に刻まれた痕跡は、「最初からそういう設定で作られたもの」だったとしたら、「今」からどれだけ観測してもそれが本当に実在していたかは分からない。究極的には、「過去」や「未来」という時間の概念そのものが幻で、確実に存在するのは「今」この瞬間だけというのです。

私たちが持っている過去の記憶は、必ずしも過去の実体験をそのまま保持しているのでは無く、誤っていたり、都合の良いように改変したり、そもそもがあやふやなもの。神様の力を以てすれば、存在しなかった偽りの記憶を持たせることだって造作も無いでしょう。たとえそれが5分前、一瞬前だったとしても、それができる創造主がいたとしたら、その記憶が本物であるとは限らない。「今」から観測した過去の痕跡は、それが存在していたという証明にはならない。そのような考察が「世界五分前仮説」です。

これはゲームの世界で考えるととてもわかりやすいでしょう。例えば、オープンワールドゲームの中で何千年という歴史があり、登場人物がどれだけリアルに生活していても、結局それはゲーム開発者がたった数年で開発したものに過ぎません。それ以前の歴史は言うまでも無く全くのゼロです。

そのような世界の中にいた場合、全ての過去が創られたと証明することは不可能です。創造主が雑な性格で無い限りは、過去がある証は矛盾無く完璧に配置され、疑う余地が微塵もないからです。100年の因縁を持つラルクと不死皇帝、悠久の時を生きる珠魅、彼らは主人公がイメージするまで存在しなかったと考えられますか? 常識的に考えれば、ドミナの教会にいるヌヴェルの見解は真っ当なものですね。

歴史上、キリスト教的創造論が科学主義よりも先にあったので、地質学や恐竜研究が出始めた頃には、この論法でよく攻撃されていました。フィリップ・ヘンリー・ゴスの「オムファロス」が有名です。どのような証拠を持ってきても、全て「そういうものとして創造された」と言ってしまえます。物的証拠を第一とする科学的見地からは、この仮説はほぼ反則として扱われ、どんな反証も否定できてしまうこの状態を「反証不可能」と言います。

例えば、アメリカが宇宙人の存在を隠しているという主張に対して、アメリカ政府が反論した時を考えましょう。アメリカ政府が認めた場合は問題ありません。しかし、否定した場合に、「隠蔽したいから嘘をついている。それはいるという証拠だ」と、相手が肯定しても否定しても、同じ結論に持っていってしまうのです。一見論破したように見えて、これは立証責任を放棄した詭弁です。「隠蔽した物的証拠」を出さない限り、この論法は意味を成しません。

創造仮説に戻すと、創造された世界の内側にいる限り、創造された証拠は絶対に見つかりません。ですから、世界五分前仮説を自力で証明することは不可能です。その世界の外側を垣間見る、いわゆる第4の壁を破ることでしか、世界創造の真実は見えないのです。

映画「マトリックス」や「フリー・ガイ」、最近流行の「異世界系」などでも、世界の外からやってきた存在に導かれない限り、その世界の創造について気付くことはありません。たとえ創造が事実であっても、観測できる事象のみを証拠とする科学では真実にたどり着けません。時に荒唐無稽な仮説が真実を突くこともあり得るのです。

ファ・ディールの高次元からやってきた主人公や草人は創造の真実を知っています。しかし、ファ・ディールの内側にいるラルクやダナエなど住人にとっては、自分が見聞きし、体験してきたことが真実です。この二つの「真実」について、皆さんはどのように考えますか?


(参考文献:伊佐敷 隆弘/過去の確定性

《Skollfang》

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  • スパくんのお友達 2021-08-15 21:47:32
    ゲームって自由に語れるのがいいよ
    クラシック音楽とか美術とかはその道の権威が強くて俺らには自由に良し悪し語れないもん

    でもその反動で俺らゲーマー的な意見が逆に権威的になって、こういう真面目に考察する記事を攻撃するみたいな感じもある

    こういう記事に興味あるなら大いに語る、興味ないなら見ないって住み分けすりゃいいんやけどね
    28 Good
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  • スパくんのお友達 2021-08-15 21:31:32
    この連載続いて欲しい
    28 Good
    返信
  • スパくんのお友達 2021-08-15 17:00:16
    その認識に自力で到達するから七賢人なんだよね。彼らは世界がゲームとして同じことを繰り返していることも知っているから、過去と未来の全ても認識している。最後の七賢人のエピソードがそれを物語っている。
    15 Good
    返信
  • Skollfang 2021-08-15 16:50:12
    初日より熱が込められたご感想をありがとうございました。言葉少なに語られるレジェンドオブマナは多様な解釈が可能であり、今回採用した主人公=創造者の解釈もそのうちの一つに過ぎません。
    ゲーム内のイベントにおいてプレイヤーはほぼ傍観者であり、物語についてどう考えるか、それがここに委ねられているところが本作の最大の魅力ですね。

    思考が思考を生み、永遠に答えが得られるようなときでも あなたは考え、何かを想い、何かを得て新しいあなたになっている。
    あなたは考えることで何か常に新しいあなたに生まれ変わっている。
    ――ガイア
    20 Good
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  • スパくんのお友達 2021-08-15 15:56:24
    >ファ・ディールの高次元からやってきた主人公や草人は創造の真実を知っています。
    >しかし、ファ・ディールの内側にいるラルクやダナエなど住人にとっては、
    >自分が見聞きし、体験してきたことが真実です

    両方とも真実なのさ。
    だけどね、それは「最後から二番目の真実」なんだよ。
    最後の真実はね・・・ふふっ
    6 Good
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  • スパくんのお友達 2021-08-15 14:15:26
    ファ・ディールの成り立ち、七賢人周り、書庫で読める過去の戦争と歴史とかさらっと読める部分だけでもかなり作り込まれてるけどLOMについて話すとなると大体「珠魅編泣ける」とか「エスカデ編kzばっかり」とか表層を語って終わりになりがちだからこの位深く語ってくれる記事が出てきて嬉しい
    同時期発売のFF8クロノクロスゼノギアス辺りが設定の作り込み凄くて考察も盛んだからLOMもあの位盛り上がったら嬉しいなぁ
    33 Good
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  • ミクズ 2021-08-15 13:22:15
    レジェンドオブマナの主人公は別に創造者じゃないんだけど……
    例えばドミナの町は元からそこにあるんだけど、あくまで主人公はアーティファクトを置いてそこにドミナの町があると認識したから実際にドミナの町があるというだけ。
    どっちかというと世界5分前仮説というより世界の認識の課題の話だと思う。
    6 Good
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  • Game's Wolves 2021-08-15 12:54:05
    この記事がどのような観点でゲームを解釈する企画なのかがわからないのですが、「ゲームにおけるプレイヤーとはなんなのか」というメタを含んだ視点であれば本稿のような解釈も出来るのかも知れません。
    ただ、プレイヤー(主人公)が認知し得ない存在までもがゲーム内世界に創出されているのが解釈として難しいですね。

    私の解釈は聖剣伝説LoMは近現代哲学をかなり意識したものだと思っています。
    草人の「まっしろなココロの人が新しい世界にいける」とは周囲の環境などの既存のパラダイムに影響されない人が新しい時代を作り上げられることを示し、「世界はイメージである」というのは人の認識次第で全ての事象が善意にも悪意にも解釈できるという事だと解釈しています。
    作中の賢人達の語る「自分を自分で決める力がある」「生きる意味を欲する限り、人生には価値がある。」などの言葉も同様に近現代哲学での解釈ができます。
    特にエスカデ編はキャラクター達の相互のバイアスが絡み合った関係性の中にバイアスのないプレイヤーが介入するものにもなっており、プレイヤーのパラダイム次第で物語の解釈に多様性が生まれるものになっていると思います。
    18 Good
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  • スパくんのお友達 2021-08-15 12:07:04
    ヌヴェルの台詞なんてすっかり忘れてた。七賢人は気づいているんだったか?
    この場合、住人達にとっては一度滅びていようと自分達の記憶と今ある世界以外は真実になりえないので気にすることもないし、知ったところで何もできず受け入れるだけでは。例外は知恵のドラゴンぐらい?
    ティアマットの焔城は、ランド画面でも奈落から変化していたよね。
    5 Good
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  • 名無し 2021-08-15 11:10:35
    はえー面白い。そういう見方もあったのか。
    16 Good
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