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「人間は死亡すると21グラムの体重を失う」筆者がそんな逸話を知ったのは、2003年の映画「21グラム」からでした。
生き物が亡くなったとき、よく“魂が抜ける ”と言われます。魂についてはいまだに各地域の宗教や科学の観点から明確な定義は難しいものですが、人間の死の瞬間を研究し続けた医師は、少なくとも魂の重量について具体的に考察していました。医師は死後の体重減少から「人間の魂の重さとは、21グラムである」と考えたそうです。
それから長い間この話のことを忘れていたのですが、つい先日11月14日に行われたデジゲー博2021にて、強く思い起こさせるタイトルが展示されているのを見つけました。
それが今回紹介する『バイナリ・シンドローム』というアドベンチャーゲームです。本作はアンドロイドが主な登場人物のSFという、決して珍しい設定ではありません。にもかかわらず興味を引かれるのは、「アンドロイドカウンセリングADV」という独特のゲームプレイを予感させるジャンルを名乗っていることです。
「人間の魂の重量と言われる21グラムが、もしアンドロイドたちに付加されたならば?人の魂、心があることに近いのでは?」そうしたテーマを元に、アンドロイドたちの心をカウンセリングしていくゲームプレイを特徴としているのです。
アンドロイドに育てられた主人公による、アンドロイドへのカウンセリング
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アンドロイドと人間が共存する近未来。しかし、両者の立場はどうやら同じではない状況が続いているようでした。
主人公・ユイはとある研究所のカウンセラー研究員として活動しています。ユイはかつて幼少期の事故で孤児となり、当時実験段階であった育児用アンドロイドに育てられた過去を持っていました。
こうした経験もあり、人間とアンドロイドが対等な立場になるように試みているのですが、なかなか上手く進められません。そんなある時、ユイは新しい研究チームに配属されることが決定。アンドロイドと人間の関係を進めるきっかけになるのでしょうか?
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今回のデジゲー博2021で展示されたバージョンでは、ちょっと心の調子を崩したアンドロイドのひとりをカウンセリングするシーンをプレイできました。
カウンセリングということで、少し独特なアプローチがあるのかと想像してしまいますが、基本は昔なつかしいコマンド選択型のADVとして進めていきます。「LOOK」や「TALK」といったコマンドを駆使しながら、相手からうまく感情や言葉を引き出していく流れとなります。
今回の展示段階ではおおまかなゲームプレイのみが確認できるかたちで、キャラクターのかわいらしいビジュアルなどが印象深いですが、後に想像されるアンドロイドと魂の重量である21グラムはいかに描かれていくのか……という不穏さも持ち合わせていました。
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やはり印象深いのは、完成度の高いピクセルアートには間違いありません。『VA-11 Hall-A』や『2064: リードオンリーメモリーズ』といった近年の海外インディーADVのほか、さらにそれらがインスピレーションを受けていた、PC-98のADVの影響を強く受けていることは明らかでしょう。
海外のインディーADVと、PC-98のADVへの思いから作られた
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今回『バイナリ・シンドローム』に触れてみて、近年の海外インディーADVが過去のビデオゲームのクリエイティブを再発見し、再評価する流れにかなり近いように感じられました。とても気になったので実際にどうなのかを開発の青エビ研究所代表・tyap氏にうかがったところ、非常に興味深い回答が返ってきました。
「そうですね、私も『VA-11 Hall-A』や『2064: リードオンリーメモリーズ』はプレイしていますね。色の数が限られた、綺麗なドット絵で。かつ近未来というという感じですよね。わたしもあの2つは好きです」
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さらにはtyap氏は、海外インディーADVだけではなくPC-98のADVもディグりはじめます。その中でも気に入ったのは、『POSSESSIONER』のほか、かつてアニメ制作会社のガイナックスが開発していた『サイレントメビウス』といったタイトルだといいます。たしかに、いま振り返ってみても独特なパワーを持ったビジュアルであるのは確かです。
「(これらの作品がリリースされたときは)全然生まれた年じゃなかったんですけど、たまたまネットで画像を見た時に気に入ったんです。『16色であれだけのグラフィックを描けるって!?』っとなって」
tyap氏はもともとADVが好きなジャンルだといい、PC-98時代のこうしたタイトルも遊んでみたいと考えていたそうです。しかし、今では遊ぶ手段が限られており、プロジェクトEGGに登録されたタイトルではないと簡単に触れる機会も少なくなっていました。
「今って遊べる機会がないので……ないなら自分で作ろうと思って(笑)」そうして『バイナリ・シンドローム』の開発をスタートさせたとのこと。「実は本作、20色なんですよ。PC-98の16色に収めるのはどうしてもできなくって……」そのように往年のグラフィックが持っていた力を、いま独自の形で再生しようとこだわっているそうです。
『バイナリ・シンドローム』開発の進捗はtyap氏のTwitterをフォローしたり、公式サイトをチェックしていくのがよいでしょう。Pixiv FANBOXでは細かな制作日誌も公開されているほか、開発の支援も100円から受け付けています。
また『バイナリ・シンドローム』は11月21日には体験版の公開を予定しています。もし興味を持たれたのであれば、公式サイトやTwitterなどで公開をチェックしてみてください。