今回は、現地で選手たちを追いかけながら取材してきた筆者が、Kno選手の活躍や他のアジア出場選手のエピソードも交えつつ、『ハースストーン』の選手に求められる能力について述べてみたい。
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Kno選手を含む今大会の上位4名は、いよいよ今月末から始まる賞金総額25万ドル(約3000万円)の世界大会「2015 Hearthstone World Championship」(開催地アメリカ・アナハイム)にも出場する。左からNeilyo選手(ベトナム)、Kno選手(日本)、Kranich選手(韓国)、Pinpingho選手(台湾)。
■「運」と向き合う
「まあ、適当にがんばります」。
試合直前のKno選手に意気込みを聞くたびに、毎回そんな言葉が返ってきた。第1回戦でも、世界大会進出決定戦でも、決勝戦でも同じような答えである。記者の私としては、「この返事をどうやって記事にすればいいんだろう」と頭を抱えたものだ。スポーツ好きな人なら「そんな半端な気持ちでどうする!」と渇を入れたくなるかもしれない。
だが、このゲームでは気持ちが強くてもどうにもならないことがある。「運」が左右する局面が少なくないからだ。
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決勝戦を戦うKno選手(左)とKranich選手(右)
デジタルカードゲーム『ハースストーン』は自分でデッキ(30枚のカードの束)を作り、そのデッキに含まれるミニオンやスペルといったカードを駆使して戦況を優位に進めていくゲーム。「運」というのは、どのカードを引けるのかが「ランダム」だということだ。極端な話をすれば、上級者でも運が悪くて使えるカードが引けなかったら、何もできずに負けてしまう。
積み重ねてきた努力の全てがサイコロ一振りで終わることもある。「理不尽だ」と思うかもしれないが、それが『ハースストーン』である。このゲームで頂点に立ちたければ、そんな理不尽とも付き合っていかなければならない。「適当にがんばります」というKno選手の言葉はそんな運と向き合ってきたトッププレイヤーならではの発言なのである。
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試合前日、Kno選手はKranich選手ら韓国選手団とディナー
今大会の王者にして昨年の世界大会ベスト4であるKranich選手は「ハースストーンの対戦は映画を観ているのに近い」と話す。
「League of Legendsのような(身体能力が必要とされる)ゲームでは、"自分がゲームを動かし、自分の実力で勝っている"という感覚がある。だが『ハースストーン』にはそれがない。もちろん"勝つために常にベストな選択をする"のだが、その後の展開は自分ではどうにもできないんだ。だから"プレイしている"というよりも"観ている"という感覚に近い。」
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「台湾の料理はどれも美味しい」とKranich選手
■試合中どれだけ最善手を選択し続けられるか
『ハースストーン』の選手は試合中に「最も勝率が高い行動は何か」と考えてプレイする。「いろいろな選択肢の行方を計算し、最も勝率の高い行動を選ぶ。それで負けたら"仕方ない"と諦める」といった心境である。
プレイ中の心構えとしてはこれが理想だが、1万ドルの賞金がかかった試合でこれを忠実に実行できるだろうか。それを平然と、しかも長時間に渡ってやってのけたのがKno選手である。
たとえば大会初日、第1回戦のChilly選手との試合で見られた以下の盤面だ。
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Kno選手の盤面(中央の線から上)にはミニオンが2体。Chilly選手の盤面(下)には1体だが、コストが高くて強力だ。
Kno選手のターンだが、厄介なのはChilly選手のヒーローの上部に付けられた「?」マーク即ち「シークレット」である。シークレットは一定の条件を満たすと発動するカードだが、その効果は発動するまで相手にはわからない。
パッと見でChilly選手の場にいるミニオンを攻撃したくなる盤面だが、もし相手のシークレットが「破壊されたミニオンと同コストのミニオンを召喚する」、「Effigy」だった場合はさらに強力なミニオンが相手に出てくる恐れがある。といって相手のミニオンを無視し、本体に迫ったとしても勝てる保証はない。相手のシークレットが致死ダメージを1ターンだけ防ぐ「Ice Block」だった場合、相手のミニオンが残っている分こちらの受けるダメージが増えてしまうからだ。
可能性は大きく分けて2つ。さて、どちらのほうが勝率が高いだろう?
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Kno選手が選択したのは本体攻撃だった。「Ice Blockの可能性も無いわけではなかったのですが、状況からしてEffigyしかないと思っていました」と試合後のKno選手。つまり、相手のデッキやこれまでのゲーム展開など様々な要素を分析し、勝率の高い手をはじき出したというわけだ。結果的にはこの読みが当たり、試合はKno選手の勝利となった。
こうした計算を試合中ずっと続けられるかどうか。そこに勝てる選手とそうでない選手の違いが表れる。
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強い選手は計算の連続でも疲弊が少ない。とはいえ、やはり重要な試合の後では青息吐息だ。
Chilly選手との試合に勝った直後のKno選手も、いつもの飄々とした彼とはまるで別人だった。
「あの対戦席はプレッシャーがありすぎてやばいですね。"負けたらどうしよう"というプレッシャーです。”視聴者にもわかるんじゃないか”と思うぐらい、手が震えていました」とKno選手は声を震わせながら話す。
Kno選手の手が震えていたなんて、モニタ越しの観戦ではまったくわからなかった。やはりKno選手といえども極度の緊張の中で戦っていたのである。「これで今日はほかの試合を見ながらゆっくり過ごせます……」最後にこう言ってKno選手は崩れるように椅子に座り込んだ。
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Kno選手とChilly選手(右)
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公式の大会で日本の国旗が上がり、かつ日本人が活躍するのは、長年のe-Sportsファンとして筆者も感慨深いものがあった
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