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鉄道ファン、箱庭ゲームファンにとって待望の『レイルウェイ エンパイア(Railway Empire)』が2018年5月24日に発売されました。読者の中には、すでにハマっていらっしゃる方も多いことでしょう。
本作は1800年代のアメリカ大陸が舞台の鉄道経営シミュレーションゲーム。当時活躍していた蒸気機関車を走らせて貨物や旅客を運んだり、利益を上げて線路を延伸したり、獲得した技術ポイントを使って新型機関車を走らせたりして、鉄道を中心に地域と会社を発展させていくというのが目的となります。列車を走らせて駅周辺の産業が発展し、住宅など建物が増えていく様子を見ると、筆者は「私が作った鉄道が人々の暮らしに役立っているんだなぁ」と嬉しくなるものです。
とはいえ鉄道経営は甘くありません。儲かる区間にはライバルの鉄道会社も進出してきます。正直言って非常に邪魔。そうなると貯まった資金でライバル会社の株式を購入し、敵対的買収を仕掛ける必要が出てきます。つまりこの『レイルウェイ エンパイア』は、鉄道網の建設を楽しむゲームでありながらライバルを倒すゲームでもあるんです。そういう要素をすべてひっくるめて楽しくも苦しい経営合戦は、機関車のボイラーのようにプレイヤーの心を燃えたぎらせます。
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そして本作はたくさんの蒸気機関車が登場するのも魅力の一つ。大きな車輪が動き、煙をもくもくと吐き出して走るその姿は美しく頼もしい――と少々話が脱線しそうになりましたが、そもそもこの“蒸気機関車”というものは、一体どんな仕掛けで動いているのでしょうか。
本作にはその機関車を動かすための「補給塔」や「整備施設」なども数々登場します。これらの施設は、現実ではどのような働きを担っているのでしょうか。ふと、そんな疑問を覚えた編集部が訪ねたのは……、
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静岡県島田市に本社を置く大井川鐵道さん。
~大井川鐵道とは?~
大井川鐵道は静岡県の中央部を流れる大井川沿いに建設された鉄道。
大井川は川幅が広くながれも勢いがあり、東海道の難所のひとつでした。また、豊かな水源でもあったので、上流にダムや発電所を建設しました。大井川鐵道は、建設資材や森林資源を輸送するために建設された鉄道で、現在は旅客列車を運行しています。
1976(昭和51)年から蒸気機関車の保存運行を開始し、観光鉄道としても有名です。2014(平成26)年から「きかんしゃトーマス号」の運行も始まり、子供たちにも大人気。今年もソドー島から「きかんしゃトーマス」「きかんしゃジェームス」がやってきて、実際に客車に乗って旅ができます。
現代日本で本物の蒸気機関車を運行し続けている数少ない鉄道会社である同社。そこで活躍されている現役機関士の澤谷浩さんにお話を伺いました。
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――そもそも蒸気機関車って、とのような仕組みで動くのでしょうか。
澤谷浩機関士(以下、澤谷さん) :ボイラーで石炭などを燃やして、その熱で水を沸騰させて蒸気を作ります。蒸気は膨らもうとする圧力を持っており、車輪の前方にあるシリンダーに送られるとロッド――横に伸びた棒ですね、これを前後に動かします。このロッドが車輪を動かして機関車が動くんです。
――ボイラーは機関車先頭の円筒形の部分ですよね。石炭はどこから入れるんですか?
澤谷さん:運転席の中央に入れるところがあります。ちなみに石炭を入れる役目を担うのは機関士ではなく機関助士。私もはじめは機関助士を3年ほど担当していました。それから機関士になって22年くらいになりますね。
――となると機関車の運転席って、夏はとてつもなく暑そうですね。
澤谷さん:たしかに機関助士は暑いですね。でも機関士は風を浴びるので、釜の前にいる助士ほどではないです。
――それは澤谷さんが慣れたというか、我慢強いだけなのでは?(笑)。ところで蒸気機関車と言えば、もくもくと黒煙を噴き出している様子が思い浮かびますが、本作の機関車を見ていると大きな黒煙とは別に、かすかに白い煙が噴き出ているように見えます。
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澤谷さん:煙突から出る黒煙は燃料を燃やしたときに出るもので、白い方は煙というより排水蒸気ですね。車輪を動かして役目が終えた水蒸気です。クルマに例えると、アクセルをオンの状態では、煙と水蒸気が一緒になってモクモクと排出されます。車体の下から出る白い煙も水蒸気です。シリンダー内は冷えた水蒸気が水になって溜まるので、蒸気を取り入れて水と一緒に排出します。排水蒸気は空気が乾燥していると見えません。
――なるほど。煙がモクモクする蒸気機関車を見たいなら、晴れの日よりも湿度が高い曇りや雨の日がオススメというわけですね。こちらはゲーム序盤なので、石炭ではなく木材を燃やして機関車を動かしている状態なのですが、煙の色は現実どおりに再現されているんですね。
澤谷さん:しっかり再現されていると思います。ただ、黒煙の方は“走行し始めたばかり”の状態であれば……ですね。走行中は燃料が完全燃焼状態になると、実は煙がもくもくと出ることはありません。さらに言うと、機関車の調子がいいほど煙は少なくなる傾向がありますね。ちなみに、ボイラーの調子がいいと圧力が上がりやすくなり、石炭の量を減らせます。そうすると、完全燃焼しやすくなるので煙は減ります。
――つまり煙で機関車の調子がわかる……これがゲームで再現できたらすごいですね!機関車の“動き”の描写はどうでしょうか?
澤谷さん:走行中でも車体が安定しているなぁと思いました(笑)。
――そうなんですか。本作は指定した列車の運転席からの乗車視点も楽しめるのですが、それで見ると少し揺れているように感じます。
澤谷さん:本当はもっと左右に揺れます。この機関車の左右に付いているロッドが、それぞれ取り付け位置を揃えていないのが揺れの原因なのですが、ロッドが水平の位置で停まると、シリンダーで前後に動かせなくなってしまうんですね。そのため、常に片側が動かせるように左右で90度ほどずらした位置で取り付けているんです。そうすると必然的に、それぞれの動きが異なるため、走行中はどうしても揺れてしまいます。
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――子どもの頃よく、機関車の動作を前後同時に両手を動かして真似したものですが、あれは間違っていたんですね(笑)。
澤谷さん:そうなんです。運転席からもお子さんが真似しているところを見かけるんですけど、違うんだよなぁって(笑)
――ゲームに登場する補給塔は、大井川鐵道にもありますか?
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澤谷さん:給水と石炭の補給設備は、始発駅の新金谷駅と終点の千頭駅に。あとは桜の時期などに家山駅まで区間列車を走らせるので、そこには給水設備のみがあります。給水塔のように、高いところから水を落とす設備ではありません。いまはポンプの水圧が高いので、ホースを持ち上げて給水します。
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――ゲームでは機関車が出発する駅と、次の駅の間に設置するように指示されます。
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澤谷さん:あれ、本線(お客さんを乗せて走る線路)に置くんですか?
――そうです。大井川鐵道さんは違うんですか?
澤谷さん:当社に限らず、実際は本線上で補給することはないですね。ここで停めると、他の列車が本線を通れなくなってしまいます。
――その部分はゲーム性を優先したということで (笑)。でも、本作では列車の経路指定も細かくできるので、補給用の線路を作るとか、鉄道ファンならではのやりこみプレイもできそうです。
澤谷さん:信号と側線を作って、列車のすれ違いはできるんですね。一つ気になるのは、駅に到着した機関車は転車台で向きを変えるのでしょうか?
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――列車の向きは自動的に変わります。そこまで再現するとゲームが複雑になりすぎてしまうでしょうし。また貨車の連結も、オートモードにすると最適な貨車を自動的に選んでくれます。それと整備施設ですね。こちらは本線ではなく、駅構内に作られます。整備施設を作ると機関車の故障が減るんです。
澤谷さん:ああ、なるほど(ゲームの画面を見ながら)。ここで停まっちゃっているのは故障しているからなんですね。大井川鐵道では、こういうことにならないよう機関車を毎日点検しています。油をちゃんと差しておかないと焼き付いてしまうので、100カ所くらいに差しますね。そしてボイラーの火は運行が終わると消して、翌朝にまた点火します。点火してボイラーが温まって、走行可能になるまで3時間くらいかかるんですよ。ゆっくり温めないと、鐵が急に膨張して割れる恐れがあるので。
――実際の機関車の整備は大変なんですね……。ところで、ゲームでは技術ポイントを獲得していけば、大型機関車を使えるようになるのですが、それぞれ機関車のスペックで“0-6-6-0”という数字があります。これは何を意味しているのでしょうか?
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澤谷さん:これは先輪と動輪と従輪の数を示しています。0-6-6-0だと、先輪がなし(0)、動輪が6つを2組(6+6)、従輪がなし(0)ですね。動輪は機関車を駆動するための車輪。左右で6だと、片側に3つあるわけです。先輪は、機関車をカーブに合わせた向きにするための車輪。動輪は大きいので、勢いがつくと急カーブを曲がりきれず、線路を乗り越えてしまいます。そこで先輪で機関車の向きを変えるんです。従輪は機関車の重さを支え、車体を安定させるために存在します。
――蒸気機関車だと、よく“C62”だったり“D51”だったりという呼称が用いられますね。
澤谷さん:アルファベットは動軸の数を表し、続く数字は型式番号です。大井川鐵道にはC11形が2台、C10形とC56形が1台ずつ稼働しています。C11形の場合、左右あわせて動輪が6個、先輪が2個、従輪が4個だから、2-6-4となります。C11形は後ろ向きで走らせる場合もあるので、そのときは従輪が先輪の役目を果たすこともありますね。
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――キャンペーンモード序盤に登場する機関車は動輪が4つだけです。ということは、先輪がなくても脱線しない……。それほど速度も出ないと?
澤谷さん:そうでしょうね。むしろ、この時代はまだ、先輪という技術もなかったと思います。機関車がだんだん強力になって、そのうちに脱線事故を起こします。どうしたらいいかと考えたときに、先輪をつければ安定するだろう、というアイデアが生まれた。鉄道は事故が起きて、対策して……という繰り返しで、いまの安全があるんです。
――機関車の進化には理由があるんですね。それでは最後に機関車のプロとして、実際にゲームをプレイしていかがでしたか?
澤谷さん:とにかくマップが広いなと。あと、絵がきれいで、鉄道の仕組みや施設の役割、すれ違いなどは、実際の鉄道に似ていると思いました。欲を言うなら、機関車を自分で運転したかったですね(笑)。
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機関士ならではの目線で、細かい部分まで解説してくださった澤谷さん。一人の鉄道ファンである筆者からしても興味深い話を伺うことができました。本物の蒸気機関車ファンも、この記事をきっかけにゲームを遊んでみてほしいですね。
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逆に『レイルウェイ エンパイア』をきっかけに蒸気機関車に興味を持ったら、ぜひ大井川鉄道で実物を見に行くことをオススメします。実際に乗車して、本物の機関車の躍動感を知れば、本作をもっと深く楽しめること間違いありません。
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『レイルウェイ エンパイア』は5月24日より好評発売中!もともと鉄道に興味がなかった人も、これを機に機関車のロマンに触れてみてはいかがでしょうか?