韓国の有志翻訳事情
――韓国のゲーマーの一般的な英語力はどのくらいですか?
gosusam氏大抵のゲーマーは基本的な英文を読むことができます。しかし、長い会話や文章に突き当たると、読むのを諦めて物語を飛ばす傾向にあります。
――日本では英語のゲームそのものを諦めるゲーマーも多いですが、そうではないのですね?
gosusam氏それは習慣だからです。韓国語で販売されるゲームは日本語よりもずっと少ないですから。日本のゲーム市場は韓国より大きなシェアを持っています。そして、大半のゲーマーは『StarCraft』と『Diablo』を英語でプレイしました。両作品は本当に人気があったのです。しかし、市場はゆっくりと変化しつつあります。例えば、ベセスダは最近では韓国語版を販売しています。
――どのようなジャンル、規模の作品が有志翻訳の対象とされていますか?
ボクシルボクシリ氏私はAAA級の作品だけを狙って翻訳メンバーを集めます。ターゲットは主にRPGですね。
gosusam氏私はジャンルや規模によらず、単純に作品が好きなら翻訳します。
――韓国の一般的な有志翻訳者についてはどうですか?
gosusam氏個人的な見解ですが、やはり好きなものを翻訳していると思います。報酬はありませんから、作品への愛情なしに翻訳を続けるのは非常に難しいのです。
――韓国語特有の翻訳が難しい表現を教えてください。
ボクシルボクシリ氏韓国に存在しないもの、西洋文化に存在しないものすべてです。翻訳とは答えが決まっているクイズのようなものですが、自分の文化にない単語を翻訳する時、それはクイズでなく選択になります。選択するのは問題を解くより難しいですよね。
gosusam氏大量に出現するダジャレや言葉遊びです。このような場合、韓国語に選択肢はありません。私はこうした表現が苦手ですが、議論チャンネルに投稿しておくと皆が一致団結して最善の結論を導き出してくれます。
――具体例としてはどのようなものがありますか?
ボクシルボクシリ氏よくある例としては“sister”と“brother”です。西洋文化では自分との関係を明確に述べません。自分より年上でも年下でも単にsisterと呼びます。
――日本や中国では姉や妹と呼び分けますね。
ボクシルボクシリ氏そうです。私達と皆様の言葉は異なりますが、同じ文化と問題を共有しているのです。
――韓国語特有の技術的な問題を教えてください。
Akintos氏文字コードが最大の問題です。私達は『Fallout: New Vegas』で韓国語を使用するために日本のコミュニティの力を借りました。韓国語は分かち書きを行うので、日本語のように改行で問題が起きることはありません。しかし、インターフェースの表示領域不足や文字サイズの問題には悩まされます。『Disco Elysium』でも何度かデベロッパーに修正をお願いしました。
――どのような辞書や事典を利用していますか?
ボクシルボクシリ氏NAVER Dictionaryを利用しています。日本人にはLINEとしてお馴染みのNAVERです。しかし、これは最善の選択とは言えません。Wiktionaryこそ最善の選択です。ところが、Wiktionaryは英語で書かれているため、英語の情報を得るために英語が必要という奇妙な矛盾が生じてしまいます。
gosusam氏基本的にはなんでもググります。それに勝るものはありません。ググれば、Urban Dictionary、Cambridge Dictionary、Online Etymology Dictionary、なんでも飛び出してきます。どんなときでもググるのが一番早い方法です。
――直接翻訳するためにググるのですか?
gosusam氏いいえ、私達は決して機械翻訳を使いません。イディオムなど辞書に出てこない特定の表現を探すためにググるのです。
――どのようなツールを利用していますか?
gosusam氏繰り返しになりますが、基本的に機械翻訳は使いません。英日機械翻訳の精度はわかりませんが、少なくとも韓国語に関しては役に立たないのです。私達は独自に開発した対話シミュレーターと協同翻訳プラットフォーム、そして用語集としてのGoogle スプレッドシートを利用しています。あとは連絡用にDiscordを使います。
――個人作業と共同作業の割合はどの程度ですか?
ボクシルボクシリ氏これは本質的な質問ですね。これまで大規模な翻訳集団に着目してきましたが、共同作業よりも個人翻訳者とその成果の方が多いのです。熱心な一チームは一つの大規模作品を翻訳しますが、熱心な一翻訳者はその間に小規模作品を10個翻訳します。個人作業は共同作業より一般的だと思われますが、まだ過小評価されています。
――日本には少数ながらも『Planescape: Torment』の翻訳を一人で成功させた人物や、それ以外にも一人でAAA級のRPGを翻訳する有志翻訳者がいます。
ボクシルボクシリ氏素晴らしい。『Planescape: Torment』は翻訳が本当に難しいと考えられている作品の一つです。
gosusam氏韓国にもそのような有志翻訳者はいますが、やはり珍しいですね。
――共同作業は一般的にどのような形態で行われていますか?
Akintos氏チームによって様々です。小規模インディー作品の翻訳者はGoogle スプレッドシートを使いますが、プロジェクトが大きくなると動作が遅くなりますし、各翻訳者の貢献度を追いかけるのも困難です。そこで、私達は先にご紹介したWeblateという翻訳プラットフォームを利用しています。
――Team Waldo以外に有名な翻訳チームはありますか?
ボクシルボクシリ氏ありません。正確には、過去には存在しましたが今はなくなりました。そのチームは後継者を残さなかったのです。匿名組織には多くの問題がありますが、誰でも後継者になれるという非常に大きな利点があります。私がTeam Waldoの後継者となるのにも誰の許可も要りませんでした。
――韓国の共同作業ではどのようにコミュニケーションしますか? 匿名性についても教えてください。
ボクシルボクシリ氏私達はハンドル名でコミュニケーションします。韓国人の多くは、ハンドル名を使うことを実名を使うのとまったく同じように考えています。
gosusam氏コミュニケーションの道具としてはDiscordを使い、基本的に匿名性を守ります。本名、年齢、出身校、性別などの個人情報は尋ねないようにしています。『Disco Elysium』の場合は、報酬を分配するために本名と連絡先の情報を集めざるを得ませんでした。しかし、その情報を持っているのはリーダーだけで、現実世界ではトレイラーの録音のために一度顔を合わせたきりです。
――韓国の有志翻訳にまつわるエピソードを教えてください。
gosusam氏情報漏洩のために崩壊したり危機に陥ったプロジェクトがたくさんあります。翻訳の漏洩という真の意図を隠してチームに加わるメンバーがいるのです。例えば、『Fallout 4』のプロジェクトは情報漏洩のために死の危機に瀕しました。
――翻訳はどのように漏洩されるのですか。
gosusam氏通常、漏洩する人間は草稿が完成するのを待って、プレイ可能になった時点で漏洩します。しかし、プレイ可能と言ってもその翻訳は翻訳チームの基準にまったく及びません。漏洩行為それ自体も苛立たしいですが、本当につらいのは人々が未完の翻訳に対して悪口を言うことです。
――以前のインタビューで、中国の有志翻訳者からも同様の問題を聞きました。
gosusam氏漏洩が起きるとチームの士気は回復不能なまでに急低下します。日本ではこのような問題は起こらないのですか?
――日本では多くのチームが未完の状態でも翻訳を公開していますね。
日本の有志翻訳者へのメッセージ
――日本の有志翻訳コミュニティに一言お願いします。
ボクシルボクシリ氏これだけは言わせてください。友人を作るのは良いことです。お手伝いできることがあれば、お気軽にご連絡ください!
gosusam氏将来なにが起きるかわかりませんが、いつか有志翻訳が必要なくなることを願っています。それは機械翻訳にブレイクスルーが起きるときかもしれませんし、あらゆるゲーム会社が世界中の全言語への翻訳にお金を支払えるようになるときかもしれません。
――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。
※ UPDATE(2021/1/24 20:15):本文中表記を一部画像形式に差し替えました。コメント欄でのご指摘ありがとうございます。