
スクウェア・エニックスが手掛ける、全編実写ムービーが意欲的なPS5/PS4/ニンテンドースイッチ/PC(Steam)向け新本格ミステリアドベンチャー『春ゆきてレトロチカ』。物語が緻密に練られており、すでにプレイしたユーザーからの評価も高い本作は、実はプロデューサーの江原純一氏が独力で初めて立ち上げたゲームでもあります。
その江原氏は、もともとスクウェア・エニックスのクリエイターでもなければ、プロデューサーでもありませんでした。もっと言えば、開発の人間ですらありません。
筆者は、彼がスクウェア・エニックスに入社するより前から親交があり、ほんの僅かながら彼の転職のきっかけに関わってもいます。そこで、彼がどうやってプロデューサーになったのか、そもそもゲームのプロデューサーというのはどんな仕事をしているのか。そして『春ゆきてレトロチカ』を立ち上げて、完成させるまでに経験した苦労や制作秘話など、少し生々しいゲーム業界の裏側をお届けするインタビューを試みました。
◆齊藤陽介氏との出会いが、ゲームプロデューサーに転身したきっかけに
―僕(筆者)と江原さんは、僕が主催しているゲームイベントに江原さんが来てくれたことがきっかけで知り合いましたね。あれが今から9年前、おそらく2013年頃だと思います。その頃はスクウェア・エニックス社員ではなかったですよね?どんな仕事をしていたんですか?

江原:前職はカプコンで10年以上、営業・宣伝系の部署にいて、『モンスターハンター』『ストリートファイター』『逆転裁判』などのシリーズを担当をしていました。営業そのものというよりは、営業支援というか、他社でいうところの販促企画やイベント関連ですね。田下さん(※注:筆者)と出会った頃は、東京ゲームショウや『ストリートファイターIV』の大会運営などを担当していたと思います。
―その頃からもう、ゲームプロデューサーを志していたんですか?
江原:プロデューサーになろうと思ったのは、25歳の時です。だからお会いした頃は、営業から宣伝に異動して間もない時です。
―ゲームのプロデューサーって具体的に何をしているのか分からない人も多いと思います。開発の人間、例えばディレクターが経験を積んでなるような職種ではないんでしょうか?
江原:もちろん、そういうケースもありますが、色々ですね。プロデューサーは会社によっても人によっても、担当している業務が違う肩書きではないでしょうか。
スクウェア・エニックスのプロデューサーは、裁量を持っている方だと思います。ざっといえば、企画立案、予算策定、座組み、開発会社やイラストレーター、シナリオライターなどの制作布陣を決めていくことですね。それからスケジュール管理、各種社内調整が主な仕事です。
ディレクター、開発会社、営業、宣伝、QA、カスタマーサポート、ライツ、欧米のスクウェア・エニックス支社など、各セクションのハブとなって、相談したり判断したりするので、経験が豊かだと活躍しやすいと思います。
人によって強みというか、持っているスキルも全然違いますね。開発経験が豊かなプロデューサーもいますし、僕がやってきた販促や宣伝で培った経験も役に立ちます。結局のところ人員や予算、スケジュール等が管理できれば最低限は務まりますから。だから、その人の強みというか、持っているスキルもバラバラだったりします。
―スクウェア・エニックスで、プロデューサーになるという夢を叶えることになったきっかけは何だったのでしょう?
江原:スクウェア・エニックスの取締役でもある齊藤陽介の存在が最も大きいですね。当時「人狼」というアナログゲームにハマっていて、田下さんの紹介でゲーム業界の人達が「人狼」を楽しむ会に行った時に、齊藤と出会いました。
―スクウェア・エニックスに入社するにあたって、齊藤氏との具体的なきっかけはあるんですか?
江原:齊藤がスクエニの偉い人だとかというのは前提知識としてもちろん知ってはいましたけど、その頃、ちょうどE3(※注:北米で開催される世界最大級のゲームイベント「エレクトロニック・エンターテイメント・エキスポ」)で齊藤がインタビューを受けている姿が、すごく楽しそうに見えて。直感で、「この人の下で仕事をするのが1番勉強になりそうだ」と思いました。全然ロジカルではないですね。本当に直感です。
その後、スクウェア・エニックスに転職できたのはおそらくタイミングが良かったんだと思います。齊藤がプロデュースしていた『NieR:Automata』の人手が足りてなく、宣伝やイベントなど、僕がそれまで身に着けていたスキルがちょうど即戦力として役に立つ状況でした。
そこから齊藤のチームに入って、『NieR:Automata』の共同プロデューサーとして仕事をさせてもらえることになりました。それが今から6年前ぐらいですね。
◆全編実写ムービーだからこその魅力と、それを実現するために苦労した撮影秘話
―『NieR:Automata』や『バビロンズフォール』で齊藤氏との共同プロデューサーを務め、そして『春ゆきてレトロチカ』が初となる、単独でのプロデュースとなりますよね。その初作品が全編実写ムービーのミステリアドベンチャーというのは、かなりチャレンジングだと思いますが、なぜそのような企画になったんでしょうか。

江原:正確には、『春ゆきてレトロチカ』の前に立ち上げようとしていたプロジェクトがあったんですけど、頓挫してしまいした。その時に一緒に動いていたのが、元チュンソフトで『428~封鎖された渋谷で~』のシナリオディレクターを担当した伊東幸一郎さんと、「全裸監督」のプロデューサーである、たちばなやすひとさんでした。
伊東さんやたちばなさんと一緒にゲームを作るぞってなった時に、「実写アドベンチャー」という形式は、チャレンジングというよりは、むしろ1番自然というか、勝算の高い選択だったと思います。
市場に関していうと、日本では実写アドベンチャーというジャンルは確かにメジャーではありませんが、海外では『Her Story』や『レイト・シフト』といった成功例もあり、あまり突飛ではないんですね。
また企画立案時には、視聴者の選択でシナリオが変わるインタラクティブなドラマ『ブラックミラー:バンダースナッチ』がNetflixで公開されて話題になっていたこともあって、「これをよりゲームらしくした作品があったら面白いのではないか」という提案を会社にしました。
―初のプロデュース作品として、プロデューサーとして困ったこと、失敗したことなどはありましたか?
江原:プロデューサー業が初めてだから困ったというのは、実はほとんどありませんでした。プロデューサーとしては初戦ではあるものの業界歴15年以上ですし、ものづくりの責任者である経験は何度もあったので、戸惑いはなかったです。ただ、それまで担当したプロダクトとは決定的に違う点が2つあって。それは、「規模が大きいこと」と「期間が長いこと」でした。
規模が大きくなると、見ているものや作りたいことが違ってきて、全員が全部を理解して同じ方向に向かうというのが難しくなります。また制作期間が長いと、当初決めた事柄のうち、強度の弱いものはだんだん変わっていってしまいます。
特に『春ゆきてレトロチカ』はいわゆるAAAタイトルではなく、新規IPですし、作品の中に尖ったところがなくてはいけません。それを守るために、どこを目指して進んでいるのか丁寧に説明し続けるというのは、最後までやりました。
―なるほど。
江原:一方で大失敗したのは、自分の負担を増やしすぎたことです。『春ゆきてレトロチカ』の開発は「ハ・ン・ド」さんにお願いしていますが、他にも撮影など様々なところと連携して作っています。それを管理するスクウェア・エニックスのプロジェクトチームの人員が、この規模のゲームであれば最終盤は2.5人ほど必要なはずなんですね。ですから最低2人は配置しないと回らないんですが、「それを自分1人でこなせば、1人月×3年分の人件費を撮影予算にまわせるぞ」と思いまして。思い返せば本当に愚かですし、思い上がりも甚だしかったです……。
結局、もう本当に無理だと思っていた時に、市川という優秀なスタッフがたまたま異動してきてくれて。ヘルプをお願いしたら大活躍してくれました。本当に助かりました。
―『春ゆきてレトロチカ』だからこそ苦労した点というのはありますか?
江原:1番大きいのは、ゲーム開発チームと、映像撮影チームがいて、当然映像チームはゲームの専門家ではないですから、ゲーム独特の「プレイ体験」というものを共有するのに時間が掛かりました。
例えばシナリオでも、どうしても最初はドラマのシナリオができてしまいます。でも、ドラマの体験とゲームの体験は全然違うんですよね。ドラマは、主人公にドラマチックな展開が起こり、それを主人公の力で解決しますから、視聴者は見ているだけです。それを『春ゆきてレトロチカ』のようなムービー主体のゲームでやってしまうと、プレイヤーが完全に傍観者になりかねません。特に推理部分はプレイヤーがやるべきところであり、キャラクターが勝手に状況を整理しすぎてはいけないと考え、セリフを調整したりしていましたね。
―そんな苦労が……。
江原:あとは映像のシーンの長さを「尺(しゃく)」といいますが、これも普通のドラマとちょっと違うんですよね。プレイヤーの操作が入るところは、どれくらいの尺が使われるか、こちら側で決めることができません。

例えば、犯人を選ぶシーンでは選択肢となる容疑者の映像が流れます。この映像は、プレイヤーがボタンを押すまで、ずっとループしなければいけません。とはいえ普通にループすると不自然になるので、違うアングルから撮影した2種類の映像を交互に流すようにしたんですね。でも繋げてみると、まだ不自然さが残るんですよ。
そこで試行錯誤して、容疑者の目線が泳いだ瞬間を切り替えポイントにして、目を向けた先から撮ったアングルに切り替えるなどの演出をいれると自然な映像になりました。プレイヤー側からすると、なんとも思わないというか、まぁなんとも思われない為にやってるんですが、裏にはそういう工夫が潜んでいます。役者さんにはひたすら困惑する演技をしてもらって、アングルを変えながら長めにカメラを回すというような、演じてる側からするとなんともやりにくそうな撮影をしていました。
―なるほど。そういった部分にも、ドラマとゲームの違いが現れるんですね。
江原:そうですね。あとは物語が分岐することも、正確な理解をしてもらうのには少々時間が必要でした。
プレイヤーが何か選択をする場面で、選択によってその後のシーンが2つに分かれて、でも進めると結局合流して1つのシーンにまとまる、みたいな分岐があるんですね。普段からゲームを遊んだり作ったりしている人であれば、なんとなく共通のイメージが湧くと思うんですけども、中にはピンとこない方もいらっしゃって。
だから本当は、最初からフローチャートを作ったり、「切り替えポイントがこのカットです」みたいな説明を撮影チームへ丁寧にするべきだったんですが、当初の台本には分岐した2つのシナリオが書かれているだけで、それが映像的にどうつながるかの説明がありませんでした。だから人によっては「シナリオが途中で2つに分岐しているから、そこから先はずっと2つ分の映像を撮影しなくてはいけないのだろうか」なんて疑問があったみたいです。
僕が撮影現場に入っていたのは週に2日ぐらいですが、伊東さんや、ゲーム開発をしてくれている「ハ・ン・ド」のディレクターさんやリードプランナーの方は全日撮影に入って、こういった細かい調整をしてくれていました。それに、映像監督をしてくれた芝崎(※注:崎はたつさき)さんや、カメラマンのふじもと光明さんも分からないことは本当に細かく質問して、積極的に理解を深めようとしてくれました。そのお陰で、ゲームとして狙い通りの映像が撮れました。
◆熱量のある感想こそが、次回作への後押しになる
―プロデューサーは作って終わりではなく、売ることも仕事だと思いますが、宣伝などで苦労したことはありますか?

江原:宣伝で意識したのはまず、「ゲームであること」を確実に伝える点です。実写ゲームである『春ゆきてレトロチカ』の紹介映像は、ともすればドラマのトレーラーみたいになってしまいかねないため、必ずUI(ユーザーインターフェース)を映すなどして、ゲームであることが前面に出るようにしています。
しかしUIを映すと、別の問題が起きちゃって……。UIさえ映さなければ映像は世界各地域に関係なく使えるのに、UIを映すと欧米・アジア用として、同じものを撮らないといけなくなってしまいました。スクリーンショットはまだ良いんですが、動画は本当に大変でしたね。僕も少しだけ手伝いましたけど、大半はAP(アシスタントプロデューサー)の市川と宣伝がやってくれました。
当初は、予約特典で『齊藤陽介 殺人事件』をつけよう、なんていうアイデアもありました。齊藤が被害者になり、僕や伊東さん、たちばなさんが容疑者になるという……。予算が足りないのと、ちょっと内輪ネタすぎるということであえなく断念しましたが。
―それは是非やってみたかった(笑)。江原さん自身も、ゴールデンウィークは配信などに出ずっぱりで、ほとんど休みなく告知をしてましたよね。
江原:結局、ゴールデンウィークは土日含めて全日稼働しました。タイトルの存在に気付いてもらうにはゴールデンウィークは最高の機会でしたし、とても休んでいられませんでした。喋る内容が同じだったとしても、番組によって視聴される方は変わるので、様々な方にお願いして、タイトルの露出がたくさん出るようにがんばりました。
どんなタイトルも、まずは知ってもらえないと買ってもらえないですし、僕が稼働するだけで、これまでのスタッフの努力がちょっとでも報われるなら安いものですから。
ブラック企業っぽく感じられてしまうかもしれないのでフォローしますと、「ゴールデンウィークに働いて告知をしてこい」と会社から指示があったわけじゃないですからね(笑)。スクウェア・エニックスはライフワークバランスにも気を使ってくれる、いい会社ですよ!
―僕も『春ゆきてレトロチカ』の発売を記念した「人狼」放送に、江原さんやたちばなさんと一緒に出演させてもらいましたが、「人狼」に慣れていないたちばなさんのために、放送だけでなく休日の朝から練習会もしてましたね。
江原:そうですね。たちばなさんは最初、「人狼」に出るのを躊躇っていましたけども、齊藤が強引にお願いする形で、その練習会へと至りました。
―無事『春ゆきてレトロチカ』は発売されました。ユーザーの声や販売本数についてはいかがでしょう?次回作に期待しているユーザーもいるようですが。

江原:感想は随時拝見しています。特にストーリーとドラマは褒めてもらえていて、そこは素直に嬉しいです。ご批判いただいている部分も把握しているので、ディレクターの伊東さんと反省も含めて確認しています。
販売本数は新規のタイトルとしては悪くはないですが、残念ながら次回作に取り掛かれるほどではありません。あとは成果がでるかどうかというシビアな数字の話になります。続編のアイディアはあるので、できることを少しでもやって売り伸ばしていきたいです。
本作に満足され、次回作を希望されるプレーヤーの皆さまにお伝えすると、熱量ある感想をSNSに投稿いただけると、とても後押しになります。AmazonやSteamのレビューを見て購入を決めるユーザーも多いでしょうから、ご協力いただけるようであればそちらも是非。もちろん、ご無理のない範囲で!(笑)
―『春ゆきてレトロチカ』は100年に渡る因縁のミステリーと、ドラマの主人公になった気分で推理できるのが本当に面白いので、ぜひたくさんの人に遊んでほしいですね。今日はありがとうございました。
江原:ありがとうございました!
◆全編実写ムービーで綴る新本格ミステリーアドベンチャー『春ゆきてレトロチカ』

営業、宣伝と業界経験を経た江原氏が、プロデューサーへと転身し、初の単独プロデュース作品を発売するまでのインタビューをお送りしました。江原プロデューサーが手がけた『春ゆきてレトロチカ』は、不老の果実をめぐり、大正時代から現代まで100年に渡って起きる因縁の殺人事件を解決する、PS5/PS4/ニンテンドースイッチ/PC(Steam)向け新本格ミステリーアドベンチャーです。
“新本格”というのは、論理的な謎解きを重視する推理小説のジャンルで、本作では「理詰めで解くことのできるミステリー」として、理不尽な謎解きのないフェアな推理体験を掲げています。
事件が起こる問題編で手がかりを入手し、推理編では思考空間の中で手掛かりを整理し、仮説を立てます。最後に事件の真相に迫る解決編では、推理力が試されることになるでしょう。
100年の時を経て起こる不可解な殺人事件、不老の果実をめぐる秘密、そして死を呼ぶ赤い椿の謎。ぜひその全てをあなたの手で解き明かしてみてください。