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ゲームを含めた様々なコンテンツで“ストーリー”を深く楽しむユーザーが増え、メーカーやパブリッシャーもそれに応じるべく全力でゲームを開発している現代……本連載記事では、古今東西のビデオゲームを紐解き、真に優れたゲームシナリオとは何かを考えていきます。
第4回は『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』を取り上げます。
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後の世のあらゆる3Dアクションゲームに多大な影響を与えた歴史的傑作『ゼルダの伝説 時のオカリナ』。その2年後に出た『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』は、まさしく“裏時オカ”とでもいうべき出来で、よくセットで語られることが多いですよね。
勇者が時をかけて魔を退け、王国を救う物語であった『時のオカリナ』に対し、どこか不穏で奇妙な人々が暮らすクロックタウンとその周辺の土地を舞台にした作品が『ムジュラの仮面』であり、前者に比べて後者は、スケール的にも物語的にも濃縮されていて、ちょっぴり怖い感じがします。
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ストーリーをかいつまんで書いておきましょう。愛馬エポナに跨り、とある森を探索していたリンクは、仮面を付けた小鬼――スタルキッドに愛馬を奪われてしまいます。リンクがスタルキッドを追いかけていくと、3日後にカーニバルが開催されるというクロックタウンなる街に着きました。
しかしながら、街の上空には禍々しい月が迫ってきており、カーニバルの開催とともに落下してすべて滅亡してしまいます……。お面屋から「ムジュラの仮面」という呪われたアイテムの存在を教わり、それに操られているスタルキッドが月を呼び寄せていることを知りますが、残念ながら今のリンクではスタルキッドに手も足も出ませんでした。
すんでのところで、ゼルダ姫から教わった「時の歌」を奏で、街に着いたところまで時間を戻すことに成功したリンク。3日間を何度もやり直し、スタルキッドを止め、月の落下を防ぐ方法を探しに出ます。
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本作のシナリオを語る上で多くの人が口にするのは、やはりクロックタウンの住民たちのことでしょう。
住民を避難させるか、祭りを強行開催するかを決められない優柔不断なドトール町長や、結婚式の直前で姿を消した夫を想う女性アンジュ、夜遅くに商品を仕入れてくる母のことが心配なバクダン屋や、生真面目な性格が災いして街に最後まで残ってしまうポストマン……
彼らは悩みを抱えながらも日々の暮らしを続け、決められた時間に家事や仕事をこなしていきます。団員手帳で彼らの動きを確認し、クエストのフラグをひとつひとつ立てていく楽しみは、今でこそ当たり前の遊びとなりましたが、2000年の時点でここまで濃密な“街”を作り上げられていることに何度でも驚いてしまいますね。
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彼らの緩衝材となり、大小様々な悩みを解決するのはもちろんプレイヤーであるリンクの役目です。前作『時のオカリナ』の壮大な仕掛けに比べると、こじんまりとした展開ではありますが、大人になってプレイしてみると、むしろそんな日々の問題こそが何よりも解決が難しいということがよくわかります。
たとえば、ローザ姉妹はスランプに陥り、カーニバルで何を踊るべきか迷っているダンサーズですが、ゾーラ族のバンド「ダル・ブルー」のボーカルであるルルが声を失ってしまったために、ステージそのものが中止になっています。
そのことを一座のメンバーにどうしても伝えられないゴーマン座長がいつまでもバーでクダをまいているせいで、ローザ姉妹はいつまでも廊下を行ったり来たりしながら悩み続けてしまっているわけです。ここで描かれている“皮肉”は、大人になるほどじんわりと効いてきますね……。
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「ああすればよかった、こうすればよかった」というありがちな後悔を「時を戻す」といういかにもゲーム的な力でやり直していくところにカタルシスがあるわけですが、そんなゲームだからこそ、めおとのお面のイベントは一際輝きを放ちます。ロマンチックにもほどがあるぜ!
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メインストーリーの最後には、巨人たちに見放されたと思い込み、ムジュラの仮面に踊らされてしまったスタルキッドも許され、リンクとスタルキッドは「友だち」としてお互いの思い出に刻み込まれます。
結局は悪ガキを懲らしめるために走り回っただけなのかもしれない……と思うと『時のオカリナ』が王道のヒロイック・ファンタジーであったのに比べて『ムジュラの仮面』はヤングアダルト向けに書かれたダーク・ファンタジーとして捉えることもできるかもしれません。
人情深い優しさと、決定づけられた終焉の物悲しさが同居した、なんとも味わい深いゼルダが『ムジュラの仮面』なのです。
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今週のキーワード:トリックスター
主に神話などに登場し、秩序を破って物語を展開するいたずら者のことです。「狂言回し」に近い役割を持つキャラクターですね。
代表的なものは北欧神話のロキです。アースガルズに厄介事を持ち込み、神々を騙して大変な目に遭わせます。かと思えば、その悪知恵でもって皆の窮地を救う場面も多く見られます。
日本神話ではスサノオや因幡の白兎が該当します。知恵を働かせて他の動物を騙す展開は、昔話や民話に何度も登場しますよね。
本作に登場するスタルキッドはまさしくトリックスターです。まあ、名だたる神話の先輩たちに比べると、少々早とちりで憎めないところがありますが……。