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日本最大のゲーム開発者向けカンファレンスである「CEDEC 2024」がパシフィコ横浜ノースにて開催されました。本記事では、8月22日に行われた講演「ゲームとセクシュアルマイノリティの表現の過去と未来」の内容を抜粋してお届けします。
登壇者は著書「フェミニスト、ゲームやってる」などで知られるクィア、フェミニストのアーティストおよびライターとして活動している近藤銀河氏。本講演では、ゲームにおけるセクシュアルマイノリティの表現が現れる前史としてのコミュニティの活動、インディーゲームにおけるより手軽な自己表現の手段としてのゲームの利用の増加や、大作ゲームにおけるセクシュアルマイノリティの表現について語られました。
近藤氏は、19世紀の半ばごろから性科学や精神分析といったものが発達しはじめる中で、同性愛者といった概念が形作られていったといいます。こうした性科学の発展は、そういった人々を倒錯であったり、病理的であったりといった差別的な視点に晒すようなものであった一方で、当時重い罪として見られていた同性愛やトランスジェンダーといった存在が犯罪ではないものだと主張できる根拠としての役割も果たしていました。
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現代的なアイデンティティとしての同性愛などの概念が形作られていったのもこの時代であり、ドイツのベルリンではレズビアンたちが集うバーが誕生したりと、カルチャーとしての同性愛というものが広がっていきます。また、警察によるゲイバーなどへの暴力的な取り締まりへの反発から、1969年にはストーンウォール・インの反乱という、現在のプライドパレードといった運動にも通ずる出来事が起こっています。
講演では、その時代、ゲームカルチャーに大きな影響を与えたものとして「ZINE」と「ミニコミ誌」が挙げられました。ZINEは80年代ごろから広まっていった個人出版による雑誌であり、その中でパンクカルチャーの派生として語られたのが「クィアコア」というジャンル・運動でした。
若い女性たちのパンクグループなどが多く出てきた当時、単に歌を歌うというだけでなく、パンク、フェミニズムも取り入れた若い女性の開放の運動が広がっていきます。そうした中で、ライブ後にみんなで話し合ったりといった議論ができる場が増え、当事者が情報を共有し合ったりするコミュニティが形成されていきました。
その時代のコミュニティの団結を強固にしたものとして、エイズ・アクティヴィズム運動も挙げられます。ゲイの人々がエイズ・性感染症によって亡くなる人が多かった中で、その危険性について喚起する運動であり、国内のメディアアーティストである古橋悌二氏によるダムタイプ「S/N」もそのひとつです。
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セクシュアルマイノリティの表現のためにあえて「ゲーム」を選ぶ意味というのはどこにあるのでしょうか。講演では2つのポイントが挙げられ、まずひとつにゲームとは「ルールとプレイヤーがどう向き合うかという遊戯」であり、そうしたルールの中で生きるという感覚は、マイノリティの人々が普段生きていくうえで強く意識していることに関連していると述べられました。もうひとつに、選択肢などによって主体的にそのルールの中に入って従うことでマイノリティの現状を体験できるなど、ある種の“没入感”を伴う性質を持っているということが話されました。
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インディーゲームシーンにおけるセクシュアルマイノリティ表現の最初期の例として、『CAPER in the CASTRO』というゲームがあります。これは1989年の作品で、ビデオゲームという形態の中で初めてLGBTや同性愛のことを扱ったゲームだと言われています。
MacについていたHyperCardという機能を使って作られたゲームで、当時はHyperCardを使ってゲームを作る人が多くいたといいます。探偵もので、殺人事件を解決していくアドベンチャーゲームですが、これは上述したエイズ・アクティビズムに関する運動のためのチャリティーソフトとして作られたものでした。
近藤氏は、初めて作られたセクシュアルマイノリティの表現のあるゲームが、そういった当時のコミュニティと強く結びついて生まれたものということが興味深い点だとしているほか、HyperCardによってゲームを作る敷居が下がっていたという環境要因にも注目すべきだと指摘しています。
GDCなどでも講演を行うゲーム作家であるAnna Antholopy氏は、「もっとゲームをZINEのように作ろう」と主張した人物です。彼女は、このためにはプログラミングなどの専門の教育を受けないとゲームを制作できない現状を変える必要があることに加え、「ゲームは巨大なものでなくてもいい」「ゲームを作るハードルを低くすればみんなが自分のことを表現できる」というトピックについて話しています。
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彼女の作品は、ゲームを個人でアップロードできる「itch.io」というサービスで遊ぶことができます。代表作は『Queers in Love at the End of the World』というゲームで、これは10秒後に世界が滅んでしまう中で、恋人と最後のやり取りを選択するという内容。作り自体は非常にシンプルなアドベンチャーゲームですが、実際に10秒のタイマーが終わると世界が滅んでしまうというユニークな仕掛けが用意された非常に短い作品となっています。まさしく彼女の言う「短くて簡単に作ることができて、それでも鮮烈な印象を残す、意味がある作品というものがあるはず」という主張どおりの作品になっているとのこと。
UnityやUnreal Engineといったゲームエンジンが無料で利用でき、こうしたitch.ioやSteamといった個人がゲームを発表しやすい場というのが充実してきている今、彼女の言うように「ZINEのようにゲームを作る」ということは行いやすくなってきているといいます。
さらには、ゲームジャムといった活動が盛んになっていること、ゲームエンジンの多様化の中でさらに簡単にゲームが作れるものも増えてきていることも挙げられています。講演では、近藤氏自身も使用している、ブラウザからアクセスできる「Twine」と「Bitsy」という2つのゲームエンジンも紹介されました。
インディーゲームでセクシュアルマイノリティの表現を取り扱った作品としては『Gone Home』も有名だといいます。この作品もZINEカルチャーを扱ったゲームであり、家から出ていってしまった妹が、別の女性とZINEを作っていたことが明かされます。そのほか、近藤氏は『VA-11 Hall-A』や『2064: Read Only Memories』も代表例として挙げています。
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また、大作ゲームにおけるセクシュアルマイノリティの表現については、『Fallout』や『バルダーズ・ゲート3』などのCRPGにおけるロールプレイの自由度と結びつくものとして述べられました。大作ゲームでは、現実のセクシュアルマイノリティの現状とはかけ離れた差別に悩まされない「楽園的な世界」の描写が多いという“指摘”。セクシュアルマイノリティのキャラクターを描く時に、その世界における彼らの歴史的背景などにも言及した深みのある表現を目指してほしいといった“希望”。また、こうしたゲームとコミュニティを理論的に分析するものとしてクィアゲームスタディーズと呼ばれる活動があることも言及されました。
8月22日に行われた講演「ゲームとセクシュアルマイノリティの表現の過去と未来」の詳細は、こちらのアーカイブからご確認ください。