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クトゥルフ神話と言えば今や一大ジャンルとして認識され、TRPGをはじめとする様々な創作活動の土台として、現在においても多様な影響を与え続けています。H.P.ラヴクラフトによって記された一連の小説を原作とし、今でこそカルト的人気を得るまでのものとなりましたが、生前に日の目を見ることは少なく、後年に友人たちの手で広まることとなったのです。
「インスマスの影」(もしくは「インスマスを覆う影」:インスマウスとも表記される)と聞けばピンと来る方も多いのではないでしょうか?『The Sinking City ~シンキング シティ~』には物語の冒頭からインスマスの住人なども登場します。
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プレイヤーは、ボストン出身の私立探偵であるチャールズ・ウィンフィールド・リードとなり、マサチューセッツ州オークモント(架空の地域)へ、自身の悩みである幻覚症状の解決法を求めてやってくるのです。
しかしながら、オークモントは謎の大洪水に被災しており、町の半分が水没してしまっていました。更には、洪水の後から幻覚・狂気といった変化を発する人達も現れているという始末。自身の症状と共通する不思議な状況に不気味なものを感じつつも、解決の糸口を見出していく……というところからゲームがはじまります。
本稿では、2019年10月31日に発売となるPS4版『The Sinking City ~シンキング シティ~』の冒頭に触れつつ、どのような体験ができる作品なのかという部分にフォーカスを置いてプレイレポートとして紹介します。
狂気の原因を求めて探偵として活躍せよ!
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「幻覚の原因がわかったかも!?」といった手紙を受け取ったことで、主人公リードはオークモントにやってくることになるのですが、その手紙の送り主こそ、プレイヤーを最初に案内してくれるヨハネス・ヴァンダー・バーグです。
黄色いスーツを身にまとった謎多き人物ですが、紳士的な態度で迎えてくれます。彼は主人公のために、宿の手配、水没地域の移動に使うボートなどを準備してくれていたようです。とはいえ、陰鬱としたオークモントは洪水によって、小さな船でしか辿り着けない程の孤立した状況が続き、新参者にはなかなか心を開いてくれないといった空気ができてしまっています。
ヨハネスの提案により、町の有力者の協力を得るところから活動を開始します。探偵である主人公の腕の見せ所、という訳ですね。紹介されたのはロバート・スログモートンという人物でした。
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彼は船着き場の近くで警察官たちと佇んでいました。聞けば、行方不明となった息子を探しているとのこと。かなり機嫌を悪くしており、はじめの内はけんもほろろに拒絶されてしまいますが、探偵として自身の幻覚症状のために調査をしている、と話をすると「息子を探し出してくれれば協力しよう」と交換条件を結べました。
会話には高い頻度で選択肢が現れ、様々な話を引き出せます。スログモートンの人間離れした姿についての選択肢もあり、恐る恐る選んでみると、本人はその姿を誇りとしていて怒るでもない様子です。
探偵として仕事をこなすためにも情報は最大の命綱ですから、聞ける話は聞いてしまいましょう。そして、失踪現場とされる家屋がすぐそばにあるということで、いよいよ調査開始となります。
現場も狂気も有効活用!?全身で証拠を集めよう
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早速クトゥルフ系らしい雰囲気が濃密に漂います。ただタコの死骸が建物の奥にあるだけなのですが、漁港近くとはいえ非常に不気味です。普段の操作は一般的なTPSスタイルを中心として行い、調査可能な場所に近づくとアイコンが表示されます。
アイコンの発見はそれほどシビアではないので、落ち着いて見て回れば見逃すことはないでしょう。気になる部分はとにかくインタラクトしていけば、色々と情報を集められるようです。
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二階に上がると警官が調査していました。正直かなり恐る恐る進んでいたので、この警官に驚いてしまったのですが、陰鬱な雰囲気作りはとても良くできています。
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怪しい物品を探し出したり、様々な証言を集めていくことで、証拠となるものが積み重なっていきます。現場には確かにスログモートンの息子であるアルバートが居たようですが、何らかの問題が起こって漁師のひとりが死亡し、さらにアルバート以外の行方不明者まで発生していることが分かりました。
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しかし、漁師の話はハッキリしない部分が多く、要領を得ません。そばに横たわる死体を調べ、更に奥の部屋を調査しようとしたその時、何の前触れもなく「首吊り姿のような幻覚」が不自然な位置に出現!?
特に操作が不能になる訳でもなく、大きな音が鳴る訳でもなく、進行とは一切関係ないのですが、とても不気味で不快な演出に「よ……よくできてんな~~!」と、つい強がってしまいました。
『The Sinking City ~シンキング シティ~』にはアクション要素があり、プレイヤーには体力と精神力という値が設定されています。非日常な現象に近づいたり、謎の存在の近くに居ると、少しずつ精神力が削られていくのですが、実はこのことで幻覚や幻聴といった演出が発生するのです。
精神力が極限まで減ると、幻覚・幻聴だけではなく視界も不自然に歪み、異形のモンスターの影のようなものまで出現します。影だからといって無視はできず、しっかりと攻撃してやっつけなければ、その影にも襲われてしまうのです。
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漁師の証言や、現場の状況だけでは調査に限界が来てしまいました。そこで、並の探偵とは異なる主人公の真骨頂である「心の眼」「過去視」の出番となります。
重要なアイテムや地点など限られた箇所では「心の眼」が発動できます。これにより、過去に起こった強烈な出来事を把握できるという訳です。しかしながら、これだけでは証拠集めとしては不十分……そこで登場するのが「過去視」という能力です。
証言や状況を確保していくと、現場にモヤモヤとしたエフェクトが発生します。ここに飛び込むと「過去視」が発動し、事件現場の流れを大まかに掴めるようになるのです。ここでは、アルバートが突然目覚めて混乱が起こり、それと同時に正気を失った漁師たちが揉み合った経過を観察できます。
「過去視」では、いくつかの地点に分かれた「過去の現場」が再生されます。ミニゲームのようにして、正しい時系列に沿ってそれぞれの現場を「選択」すると、主人公が状況の流れを整理して説明してくれるのです。「選択」の順番を間違えても特にデメリットはないので、もう一度「現場の再生」をよく見てチャレンジしましょう。
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集めた証拠や証言は、メインメニューの「記憶の宮殿」にまとめられます。バラバラに存在していた事実を組み合わせることで、新たな事実を「推論」するというパズルのような機能です。このようにして現場で集めた証拠と、特殊能力で把握した証拠とを積み重ねていけるのが、主人公の探偵としての強さということですね。
推論は何度でも様々な組み合わせで試せるので、最終的には総当たりで解けてしまいます。じっくりと読み込んで推理を楽しむのもよし、先を急いでササッと済ませてしまうのもよし、ゲームのどこに体験の比重を置くのかはプレイヤーに委ねられ、進行のテンポを損なわないように作られていると感じます。
突飛な行動も「ありえる」調査の難しさ
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調査を進めていくと、アルバート失踪現場から姿をくらましていた人物であるルイスに行き当たりました。失踪現場の証拠は、ルイスの行動を明らかに意思があるものと示していたので、この人物に問い詰めてみますが、やはりここでもはっきりとした答えが得られません。
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探偵を題材とした通常の世界のゲームでは体験できないジレンマがここで発生します。本作の醍醐味と言えるかもしれません。アルバート失踪に対して「明らかに意思のある犯行」と状況や証拠が物語っているものの、ルイスが「本当に狂気に冒されていた」という可能性を考える余地が出てきます。
普通であればその支離滅裂な話から、言い逃れをしていると考える所かもしれません。しかしながら、そもそも幻覚に最も悩んでいて、そうした特殊能力を活用してここまで辿り着いたのが主人公本人という事実、世界観があるのです。読者の皆様なら、どちらを取るでしょうか?
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筆者はここで、ルイスも狂気に冒されていたのだと判断することにしました。すると、彼は許しを懇願してきます。彼にも家族があり、スログモートンに知られれば後がないと。
スログモートンには口裏を合わせた報告をすることを約束し、ルイスを見逃すことにしました。優しすぎただろうか?だまされてしまっただろうか?と、不安を残しつつもスログモートンのもとへ戻ります。
いよいよ本格調査開始!怪異と向き合え
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スログモートンへ「ルイスは死んだ」と嘘の報告を試みると、渋々ながら事件の一応の解決を飲み込んでくれました。結果として功績をあげたことで、スログモートンによる協力を勝ち取れたようです。
どうやらスログモートンは、洪水とともに発生した集団狂気の調査を行っていたようです。海の底に発生した亀裂に原因があると睨んだスログモートンは調査団を送り込んでいました。しかしながら彼らが戻ることはなく、それどころか失踪した息子のアルバートはその調査団の一員だったのです。
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改めて、主人公リードとスログモートンの求める問題が一致し、本格的な調査の開始となりました。港に到着するなり、成り行きで始まった調査もひと段落。ようやく宿に向かおうかというその時、突然リードは気を失ってしまいます。
悪夢にうなされ目覚めたそこは、どうやら用意された宿の一室でした。なぜ気絶してしまったのか、悪夢にでてきた謎の影は何か。様々な謎を残したままではありますが、ここまで運び込んでくれたのは、あの黄色い紳士ヨハネスのようです。
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部屋の入口には手紙が届いていました。あの容疑者ルイスからです。見逃してくれた恩返しとして、この土地から早く逃げるんだと警告を残してくれていました。どうやら彼は本当に悪意で動いていた訳ではなかったようですね。
このようにして、プレイヤーの選択によって少しずつ結果が異なっていくという要素があります。超常的な能力で様々な証拠を集められる探偵と言えども、人の心の本当のところまでは見抜けないという本質的な部分が残されるのは、非常に味わい深いテーマだと感じますね。
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階下に降りると宿の主ヴィクターが声を掛けてきました。こちらを全く信用していないようです。これまでやってきた「新参者」がことごとくおかしなことを話すようになったというので、仕方がないことなのかもしれません。
それでも調査のための情報として、そうした「先住人」たちが残していたメモの束を提供してくれました。これらが実質的にはサブクエストとして機能することになります。メモに書かれた地名や通りをヒントにして場所を割り出すという、探偵らしい遊び方ができます。
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試しにひとつ挑んでみることにしました。地図にあたりを付けて現地に向かいます。オークモント市内は全体としてかなり陰鬱な空気が漂ってはいますが、普通に人通りもありますので、それほど恐れることもありません。
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ここが現場のようです。外も明るく、周囲には人通りもあります。とりあえず入って調査してみましょう。オークモント市内のドアにはいくつかの種類のマーキングがあり、入れる建物などが分かりやすくなっています。
アルバート失踪の時と同じような静かな室内。何か証拠や資材が見つかるかもしれません。すると、何やら動物のうめき声のようなものが聞こえてきました。精神力が削れて、幻聴が発生したのでしょうか。
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怪異といってもどうせ幻覚くらいだろうと完全に油断していました。まさか大型のモンスターが襲って来るとは……慌てて外に飛び出すと、どうやらそこまでは追ってこない様子です。所持している武器は弾薬10発程度の拳銃のみと心許なく、ここは後回しとします。
完全に孤立してしまったオークモント市では現金に価値はありません。取引されているのは主に「弾薬」です。つまり、身を護るために発砲すれば、それだけ様々な選択肢を狭めることにつながります。
贅沢な雰囲気作りを楽しもう
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20世紀初頭のアメリカの街並みを丁寧に描き出しつつ、クトゥルフ系の薄暗さを上手にマッチさせた雰囲気作りは注目に値します。先のサブクエストのように、安全と危険が隣り合わせで混ぜ込ぜになり、常に不安が付きまとう感覚は心地よいストレスでさえあります。
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街中に設置された公衆電話ボックスはファストトラベル地点としての働きを持っており、ぽつねんと浮かび上がるライトの侘しさは、どこか心惹かれる魅力を放っているのです。
「宇宙的恐怖」とも表現されるラヴクラフトの世界観を現代の技術で表現しつつも、探偵モノとしてスムーズな進行バランスに整えられた『The Sinking City ~シンキング シティ~』はこの後、海底の亀裂調査へと展開していきます。
あなたは無事、怪異の謎を突き止めて幻覚を乗り越えられるでしょうか。いや、愚問かもしれませんね。なぜならこれは、深淵の呼び声に抗うことが仮にできるとするならば……の話なのですから。
PS4『The Sinking City ~シンキング シティ~』は2019年10月31日に発売です。あなたが見た昨日の夢には、一体何が現れていましたか?