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『戦場のヴァルキュリア4』では、冬の雪山を強行突破する場面がありました。帝国軍の急襲を受けて散り散りになった部隊は、装備も物資も整わない中で雪山超えを余儀なくされます。軍事にとって冬の自然は絶対に侮ってはならない脅威で、厳冬のロシアに侵攻したナポレオン軍が壊滅した1812年のロシア戦役から「冬将軍」という言葉が生まれました。ロシアの民間伝承では古くから猛烈な寒波を「ジェドマロース」という杖を持った老人に例えていて、『戦ヴァル4』における吹雪の魔女クライマリアのモチーフとなっています。
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日本で冬の行軍と言えば、映画でも有名になった1902年の八甲田山遭難事件が挙げられます。これも対ロシア戦を想定した訓練でしたが、ホワイトアウトと極寒に巻き込まれて参加者210名のうち199名が死亡する大惨事に。雪中の強行がいかに危険かを示す教訓として、今もなお語り継がれています。毎年冬になればこの手の話題は出てくるものですが、実際のところどのようなことが起こるのでしょうか。
ホワイトアウト
こちらは昨年秋田で撮影されたホワイトアウトの様子です。強烈な吹雪と共に積もった細かい雪が巻き上げられ、霧のように視界を奪ってしまう現象です。数メートル先の物体すら見えなくなり、最悪手の先すら分からないような、いきなり目隠しをされたような状態になってしまいます。2019年には家の玄関先で凍死した遺体が発見された事例もあり、下手に動き回れば現在位置を見失い非常に危険です。できれば巻き込まれる前に風をしのげる場所を確保して、収まるのをじっと待つのがベターです。緊急手段で雪の中にかまくら状の穴を作ってしのぐという方法もあります。
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ホワイトアウトの中を無理に移動するのは体温の消耗以上に迷うことが一番恐ろしく、パニックを起こす可能性が高くなります。人間は視界によって方向感覚、平衡感覚を保っていますが、ホワイトアウトによってその基準となるオブジェクトを失ってしまうと、目を開けているのに情報を得られないという矛盾から、単純に目をつむる以上に強い不安に襲われるのです。
ここで、まっすぐ行けばどこかに当たるだろうと思って行動するのが大きな落とし穴です。人間は視覚がない状態ではまっすぐ歩くことができず、必ず左右どちらかに曲がってしまう癖があります。すると、まっすぐ行ったはずなのに円を描いて最初の場所に戻ってしまう「輪形彷徨(リングワンデルング)」という現象が起こり、一層精神的に追い詰められるのです。八甲田山の遭難も、ホワイトアウトによる輪形彷徨が原因の一つと言われています。
低体温症
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「雪山で寝たら死ぬ」とよく言われますが、これだけでは「YES」とも「NO」とも取れます。厳密にすると、「低体温症で寝る=意識を失うと死ぬ」が正解で、十分な防寒が確保できている場合は、体力温存のために睡眠をとることも手段としては有効です。
防寒が不十分であったり、服が水で濡れていると、体温維持ができない「低体温症」に陥ります。自身の発熱量を熱を奪われるスピードが上回るため、生命維持に必要な36度を下回って体力の低下、意識の混濁、そして最終的に死に至ります。喉が渇いたときに雪や小売りを直接口にするのも体温を下げる要因になるので、必ず火で温めたものを飲みましょう。
最初に現れる身体の震えよりも冷えていくと、意識が薄くなって眠くなるという症状が現れます。疲労によるものと思われがちですが、この状態で睡魔に負けてしまうと、体温の低下は一層加速してしまい、後は心肺停止まで一直線です。「寝たら死ぬ」はこの状況のことを指していて、早急に体温低下を防ぐ手を講じるか、それが無理なら共倒れにならないよう諦めるしかありません。
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眠るように死ぬより厄介なのが低体温症で起きる意識障害で、幻視や錯乱を引き起こすこともよくあります。その中でも一際異様なのが「矛盾脱衣」で、極寒状態にもかかわらず服を全て脱ぎ捨てた状態で遺体が発見されるケースがあります。
人体には低体温症に抗う手段として、緊急的に発熱量を上げる働きがあります。脳の機能が弱っている状態でそれを体験すると、急に暑くなったように錯覚して衣服を脱がずにいられなくなってしまうのです。旧ソ連のディアトロフ峠遭難事件でこの矛盾脱衣が確認されており、映画「八甲田山」でも隊員が錯乱して服を脱ぐシーンがあります。撮影は実際に八甲田山で敢行されたそうで、俳優陣も凍死を覚悟していたと言うから驚きですね。
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ホワイトアウトはともかく、低体温症は冬に限らず登山では常に気をつけるべき危険の一つ。急激な天候の変化で急激に冷え込んだり、川や雨で服が濡れたまま夜を過ごせば真夏であっても命を落とすことは十分にあり得ます。2009年7月のトムラウシ山遭難事故では、大雨で装備を濡らした登山グループの8名が低体温症で死亡しました。『絶体絶命都市2』でも表現されたように、濡れと風を防ぐことが強行突破よりも優先であるとを覚えておきましょう。
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いくら過酷なサバイバル訓練を通過したレンジャー部隊とはいえ、満足な補給もない中、脱落者なしに突破することは簡単ではなかったでしょう。行軍という特殊環境でなくとも、風呂場のヒートショックなど、身近なところに冬の危険は潜んでいます。自分だけでなく身の回りの人も「冬将軍」に命を取られないよう気をつけて冬をお過ごしください。