日本語で「褪せ人」を表す「Tarnished」は色がくすむ、特に金属の輝きがさびや曇りで失われた状態を指します。黄金の祝福「Grace」を一度失った人々でも、磨けば再び輝きを取り戻す。そんな意味合いが含まれているのかもしれません。
『ニーア オートマタ』の回でも取り上げましたが、フロム・ソフトウェアのいわゆる「ソウル系」の作品では、現代英語とは異なる古い言い回し「古語」が多用されています。中でも「You」「Your」「You」「Yours」(汝)に相当する「Thou」「thy」「thee」「thine」はよく見かけ、仰々しさや宗教的感覚を演出するのに一役買っています。神への呼びかけにもあるので、ある種の敬語のようにも思えますが、そういう日本的感覚とはかなり異なる意味合いを持ちます。『ELDEN RING』で実際に使用している例を見ながら、語に含まれるニュアンスを確かめましょう。
Reading: Stormveil Castle
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「不遜であろう」「ご照覧あれい!」でおなじみ、デミゴッドのひとり「接ぎ木のゴドリック」より。異形のインパクトと圧倒する巨体で、初期プレイヤーの心をバッキリ折りにかかる、ある意味本作の象徴的キャラクターです。英語では短い台詞の中にもいくつか古語表現が入り、騎士道物語の古典的な王らしい言い回しです。文中に濁音が多いのも力強さを演出していますね。
日本語版:
…共に末裔たる竜よ
おぬしの力、きっと
…我を高めようぞ
…のう
褪せ人風情が
不遜であろう
地に伏せよ
我こそは、黄金の君主なるぞ!
おお、強き竜よ…
その力を、我に…
父祖よ…
ご照覧あれい!
英語版:
Godrick The Grafted
Mighty dragon, thou’rt a trueborn heir.
Lend me Thy strength, o kindred.
Deliver me to greater heights.
...Well.
A lowly Tarnished, playing as a lord.
I command thee, kneel!
I am the lord of all that is golden!
Ahh, truest of dragons.
Lend me thy strength...
Forefathers, one and all...
Bear witness!
英文からの再訳:
大いなる竜、生まれながらの王位継承者よ
汝の力を我に貸すのだ、おお、我が同類よ
我を高みまで届けよ…
…さて
王者気取りの褪せ人風情め
我が貴様に命ずる、跪け!
我こそは全ての黄金の王であるぞ!
ああ、竜の中の真なる者よ…
汝の力を我に貸すのだ…
さあ、父祖の皆々様…
とくと御覧じよ!
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英語では使われなくなった「Thou」ですが、欧州の他の言語ではそれに相当するものが残っています。それは「親しい人」と「親しくない人、目上の人」で2人称の区別があることです。フランス語では親しい人は「Tu」、そうで無い人は「Vous」で呼び、切り替えたいときには「On peut se tutoyer ?(tuで話しても良いですか?)」と確認を取る必要があります。これをせずにいきなり「Tu」にしたり、切り替えた後で「Vous」を使うと無礼になってしまう場合も。
ポイントは「心理的距離の近さ」で、「Tu」を使う相手には心を開くことができます。逆に「vous」に戻すと距離を置きたいという意思表示と捉えられるかもしれません。これと同様に、キリスト教の文脈で使われる「Thou」は低頭する畏敬の念では無く、ハグをするように心を全て委ねられる敬虔な親愛を表しているのです。
これを踏まえて、シェイクスピア「ロミオとジュリエット」の”O Romeo, Romeo, wherefore art thou Romeo?”を見ると、初対面のロミオに対していきなり「Thou」を使っていることから、彼女が一目惚れをしてしまったことを表しているのです。
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ゴドリックが竜の屍に語りかけるときの「Thou」「Thy」も、エルデの王の継承者を名乗り出た自分と似た立場である竜に自分を重ねているため、と解釈が出来ます。
プレイヤーを呼ぶ残りのもう一つの「Thee」は、先の「Vous」の人を断り無く「Tu」と呼ぶのと同様に、相手を見下す意図を持ってわざと使ったものと取れます。日本語の「貴様」と似たような使い方ですね。
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「Thou」は単数形の場合のみなので、複数形の場合「Ye(You)」になります。これは冒頭のプロローグに登場しています。
Arise now, ye Tarnished.
Ye dead, who yet live.
The call of long-lost grace speaks to us all.
この文の「Ye」に含まれるのはプレイヤーと円卓に集うメンバーなので親密を表す複数形だと思いますが、厄介なのは英語の場合、親密で無い、目上の場合も全く同じ「Ye(You)」なので区別が付きません。語尾に「-est」を付ける動詞の変化が付随していた時代であれば見分けられましたが、英語の簡略化に伴って親密の度合いで呼び分ける概念そのものも廃れてました。魔女リナの会話で"Now it is thine. To do with as thou wishest."の中の「wishest」で語尾変化を使っていますね。
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今では中世劇の中だけの存在でも、うまく使えば英語の台詞を一段とかっこよくすることができる便利な言葉になりました。「呼びかけの相手がひとりか複数かで使い分ける」「親愛の情を抱く相手にのみ使用する」「喧嘩相手の挑発にも使える」という要点を意識すれば、誰でも中世ヨーロッパの世界に一歩近づけるでしょう。