ベセスダ・ソフトワークスより発売中のアクションアドベンチャー『Ghostwire: Tokyo』。東京・渋谷を舞台に人間が消失した怪事件を、主人公の「暁人」と相棒の霊「KK」が“二心同体”となって立ち向かう物語が描かれます。
本作の特筆すべき部分はなんといってもその世界観。なんともリアルな雰囲気の日本を描いた渋谷の地には、有名な都市伝説・幽霊・妖怪などがモチーフになった「マレビト」が出没し、暁人とKKに襲いかかってきます。Game*Sparkではゲーム内の小ネタの元ネタを解説する記事も掲載中です。
本稿では、登場する「マレビト」を細かくクローズアップ。さまざまな要素が複合されているその元ネタの紹介などをシリーズで行っていきます。第ニ回はマレビト・口裂です。
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「口裂」は文字通りの都市伝説だけじゃない!
口裂はゲーム内で序盤のとあるイベントで初登場するマレビト。ゲームのシステムをある程度覚えて、ちょっと油断しているタイミングで驚かせるため、インパクト抜群の強敵です。そんな口裂はデータベースによると“狂おしいほどの苛立ちから生まれたマレビト。凶器を片手に生者を追いかけ、狩り尽くす”とあります。怖すぎる。
口裂の元ネタですが、まずは名前の通り「口裂け女」をベースにしています。コートなどの服装やマスクをしている顔なども特徴と一致しています。公式サイトのマレビト紹介でも「口裂け女には注意」と書かれていますね。そして、白い服や大きな帽子、高い身長から「八尺様」の要素もあるのではないかと予想されます。
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また、口裂の上位に位置する強敵として「裂紅鬼」も存在しています。こちらは真っ赤なコートを着てるだけでなく、マスクを外して耳まで裂けた口を剥き出しにしている恐るべきマレビトです。データベースには“醜い素顔を隠すマスクをかなぐり捨てた口裂”と書かれています。
裂紅鬼は帽子を外しており、耳まで裂けた表情に恐ろしさを感じさせます。個人的にその顔で最初に似ているなと感じたのは文楽に登場する「顔が変化する人形」でした。
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社会現象にもなった都市伝説「口裂け女」
もはや説明不要ではないか、と思われるほどに有名な都市伝説「口裂け女」。概要としては、コート(色は赤とも白とも言われる)を着て大きなマスクをした女性が「私きれい?」と話しかけてくるというもの。きれいだと答えると「これでもきれい?」と言いながらマスクを外し、耳まで裂けた口を見せてくると言う内容です。
マスクを外した後の行動は手に持つ凶器で殺されるもの、驚かされるまでで終わるもの、逃げて追いかけられるものなど、さまざまなパターンがあります。また、問いかけに対して「きれいじゃない」と答えたら殺されるとも言われています。手に持つ凶器は包丁・鎌・ハサミなどいくつかの種類があります。
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この都市伝説は1978年の終わり頃から岐阜付近から噂が広まり、1979年に「岐阜日日新聞(現・岐阜新聞)」「週刊朝日」にて紹介、社会現象にもなったと言われています。吉田悠軌氏の調査によれば「口が裂けた女」に関しては、1978年より以前からラジオやテレビでも紹介されていたようです。また、全国的に広まって行く過程で“高速で移動する”、“ポマードやニンニクと唱えると逃げていく”、“ベッコウ飴が好物なので渡して食べてる隙に逃げられる”などさまざまな情報も加わったようです。
誕生の経緯については整形手術に失敗して狂った、大火傷で顔が傷付いた、美しさを妬んだ姉妹に口を裂いて殺されたなどの多数の説が存在。「精神病院から逃げ出した女性が口紅を顔中に塗りつけた姿」が元だという説もあるようです。そのほか、明治時代に物騒な山を超えるため白粉や鎌などで恐ろしい姿に変装した女性がいたという伝説の、その恐ろしい姿が元になっているのではないかという説もあるようです。
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『Ghostwire: Tokyo』の「口裂」はコート姿とマスクのようなもので覆われた口、そして持っている大きなハサミなどの特徴が一致しています。「裂紅鬼」になると耳まで裂けた口や赤いコート、やはり凶器のハサミを持っており、口裂け女の持つ凶暴な伝説の一面を具現化しているように思えます。
恐るべき「八尺様」も今やかわいい存在に?
「八尺様」は、2008年のインターネットから広まったと言われている怪異。その名前の通り八尺(240センチ)という高身長の女性の姿をしていると言われ、白いワンピース姿と帽子をかぶっている姿が特徴です。「ぽぽぽぽ」などの声を出すことも特徴としています。
「八尺様」に魅入られた人間は、数日以内に取り殺されるようです。また、狙われるのは若い人間、とりわけ子供が多いとされています。発祥とされる話では、魅入られた少年が護符などで守られた部屋で朝まで過ごそうとするなかで、別人の声色などを出すこともあるようです。今も追いかけてきているのではないか、と思わせる引きも怪談として秀逸です。
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インターネットで流行したこの都市伝説は、多くの目撃談や経験談が語られるようになります。また、いくつかの特徴の一致から前回の「髪姫」で紹介した怪異「アクロバティックサラサラ」と同一視されて語られることもあるようです。なお、現在ではなぜか恐怖というより「かわいいお姉さん」としていろいろな作品に登場することもあるようですが……。
『Ghostwire: Tokyo』では白い服と帽子のほか、ひと目で分かるその大きなサイズなどの特徴が一致。データベースの“狂おしいほどの苛立ち”、“生者を追いかけ”などの要素は発祥エピソードの様子を思わせます。
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文楽に出てくる変身する人形が怖すぎる!
日本を代表する伝統芸能「人形浄瑠璃文楽」は、太夫・三味線・人形が一体となった総合芸術。その成り立ちは江戸時代初期まで遡り、2003年にはユネスコ無形文化遺産に登録されています。
3人で操る文楽人形は、性格や階級などによって「かしら(首)」の顔色や髪を変え、さまざまな役を使い分けています。独立行政法人・日本芸術文化振興会が運営する文化デジタルライブラリーでは、人形についての細かな説明が映像付きで紹介され、とても勉強になります。
その人形の「かしら」の種類のひとつに「角出しのガブ」と呼ばれるものがあります。美しい見た目の娘の人形の顔が一瞬で恐ろしい形相になるこの人形、その口が裂けている様子など、非常に恐ろしいものです。「角出しのガブ」は主に怨霊や妖怪など、怪異へと変貌する際に使用されます。
「角出しのガブ」が使用される代表的な演目が「日高川入相花王・渡し場の段」です。この話は“安珍・清姫伝説”を題材としており、逃げる安珍を追う清姫がやきもちのあまり蛇体へと変わる様子を表現する際に用いられます。
これは筆者の考えすぎかも知れませんが「口が裂ける」「(渡し場の段では)追いかける」という要素があるこの文楽の恐るべきも素晴らしい人形が、『Ghostwire: Tokyo』の「口裂け」に影響を与えていると思うのは考えすぎでしょうか。
「追うもの」の融合が生んだマレビトか?
ここまで2つの都市伝説と、1つの文化を簡単に紹介してきました。紹介してきた部分は物語・文化のほんの少しの部分のため、まだまだ紹介できていないこともあるとは思います。
今回紹介してきた3種類に共通している要素として「追うこと」があります。「口裂け女」「八尺様」は関わった相手を追いかけ、ときに命さえ奪う事のあることのある怪異です。文楽人形の「角出しのガブ」で代表される清姫は、逃げた安珍を追って最終的に焼き殺す悲恋の物語の主役です。
ここで再び口裂と裂紅鬼のデータベースを見てみましょう。どちらも「追うこと」が大きな特徴として挙げられているほか、「口裂け」の“狂おしいほどの苛立ち”からは2つの怪異誕生の経緯、清姫の悲しき嫉妬を感じさせるのです。こうして「追うこと」の化身として生まれたのがこのマレビトなのではないでしょうか。
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ちなみに『Ghostwire: Tokyo』の口裂は、データベースに書かれているほど暁斗を追いかけて来ません。ある程度縄張りがあるようで、一定距離を離れると戻っていってしまいます。裂紅鬼に関してはほぼイベント戦で登場するので執念深くこちらを追いかけてきますが……。
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『Ghostwire: Tokyo』はPC/PS5向けに配信中です。
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参考文献
「日本現代怪異事典」笠間書院 著・朝里樹
「日本妖怪学大全」小学館 小松和彦・編
「江戸東京の噂話」大修館書店 野村純一・著
「月刊ムー」ワン・パブリッシング 2021年9月・2021年10月号