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『FORSPOKEN』プレイ開始直後で見られるニューヨーク、ヘルズキッチンの廃ビルにあるフレイの部屋には、手に取った「不思議の国のアリス」以外にもいくつか本が積んであります。架空の書籍もありますが、名作「オズの魔法使い」、ギリシャ神話の「オデュッセイア」が確認できました。演出の一環として、こういうところで見かける本は作品全体のコンセプトを示しており、日本で言う宮沢賢治の童話のように、英語圏では誰もが内容を知っていて引用できるような作品です。
「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル
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これはもう言わずと知れた英文学を代表する作品ですね。「マトリックス」など異世界に行くような状況では必ずと言って良いほど第1章の題“Down the Rabbit-Hole”(ウサギの穴)が出てきます。『FORSPOKEN』では本を手に取ったフレイがこう呟きます。
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Curiouser and curiouser! cried Alice.
『へんてこりんね』とアリスは言いました
この一節は「アリス」といえば、と言えるレベルで最重要のフレーズで、普段の会話でも呆れるほど驚いた場合に出てきます。第2章冒頭の「DRINK ME」「EAT ME」で身体が伸び縮みするシーンで、“ (she was so much surprised, that for the moment she quite forgot how to speak good English).”「彼女はあまりにも驚いたので、その時正しい英語の話し方をすっかり忘れてしまいました」と続きます。
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比較級の使い方を思い出せば、「Curious」を正しくするなら“more curious and curious”となります。キャロルはそれをあえて外して「Curiouser」と前例にない変化を付けました。
ルイス・キャロルの本業は論理学、数学とロジックを重視するもので、「不思議の国のアリス」では正しいロジックをわざと壊す、言わば「計算されたあべこべ」を多用しています。
この部分を訳すのはなかなか難しく、単なるでたらめではなく文法的な誤りかつ子供が使う表現、それでいて子供でもその間違いが分かるという、厳しい条件で言葉を選ばなければいけません。今回のような引用では割と簡潔にしていますが、訳者によって全く違う文になっているので、本を読むときは是非この部分に注目してください。
「オデュッセイア」ホメロス(オデッセイ/ホーマー)
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こちらは古代ギリシャの古典となる長編叙事詩。一応ホメロス作となっていますが、その真偽については未だ議論が続いています。現代作品のタイトルにも時々「~オデッセイ」などとよく付きますが、この「オデュッセイア」のスタイルが起源です。
「オデュッセイア」は同じくギリシャ古典「イーリアス」の続きに当たり、トロイア戦争に参加した主人公オデュッセウスが、地中海の様々な島を巡りながら故郷を目指す冒険を描いています。オデュッセウスは戦争の出立前に「二度と故郷には帰れない」という神託を受けており、各地で怪物との戦いを重ね、様々な危機を機知で切り抜けるという、エンタメ冒険譚の元祖とも言える内容です。
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中でもセイレーンのエピソードは有名で、人間を誘惑して船を沈めるというその歌声を聴くため、オデュッセウスは船員には耳栓を付けさせ、自分をマストにきつく縛り上げます。彼はセイレーンの歌声を堪能しつつ、無事海域の通過に成功しました。
この話は「危険なものも安全が確保されれば娯楽に変わる」という例え話によく使われます。ちなみに、フレイ役の庄司宇芽香さんは『戦場のヴァルキュリア』でドM体質の義勇兵「ホーマー」を演じていました。