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「リラックスできるゲーム」と言われたら、読者の皆様はどのようなものを連想するでしょうか?
たとえば、絵画を見つめている時。あれだけ荒れていた心が、ピタリと平静を保つようになります。そうした効果をもたらす水墨画風アクションゲーム『点睛』が、「TOKYO INDIE GAMES SUMMIT」に登場しました。開発者はニューロン・エイジの社内開発グループであるProject Pegasusです。
敵を倒すわけでも、華麗なプレイを目指すわけでもないこの『点睛』。しかし、一見変わったコンセプトのゲームに魅せられた人が相次いでいるようです。
墨と筆だけでリアルな世界を描く
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水墨画。水で薄めた墨だけを使うモノクロの絵画なのに、名人が描けばまるで現実のような情景を作り出せます。
ここで、筆者が所有する「鄭板橋外伝(鳳書院 監修・小野勝也 訳・李恵然 李進守)」という本を読んでみましょう。中国清代の役人で、書や絵画にも通じた鄭板橋の逸話を書いた内容です。監修の小野勝也博士は、筆者の物書きの師匠でもあります。
ある時、鄭先生は地元の大富豪の酒宴に招待されました。そこで大富豪から「鄭先生は絵をお描きになるということで、ここはぜひ一筆お願いします」と嘆願されます。やむを得ず鄭先生は、墨と筆を持ってこさせて何と新築の豪邸の壁に墨をぶちまけました。
そうしてできた絵は、誰がどう見ても意味不明な構図。一言で言えば落書きです。「せっかくの新築の家を汚されてしまった」と、大富豪は嘆きました。
ところが翌朝、その壁の前に数十羽の雀の死骸が落ちていました。一体どうしたことか?不思議に思った大富豪は、鄭先生がイタズラ描きをした壁を遠くから眺めてみることにしました。するとそこにあるのは「風に揺さぶられる竹林」。つまり、それを見た雀は本物の竹林だと思って壁に突っ込んでしまった……というわけです。
野生の鳥も勘違いするほどリアルな風景画を描いてしまった鄭先生。言い換えれば、水墨画のような「墨で書く絵」はそこまで立体的に仕上げられるということでもあります。
不思議な中毒性
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『点睛』は、まさにそのような世界です。基本的には白と黒と灰色の世界なのに、何とこのゲームは3D。全周囲の立体感、奥行きがしっかり表現されています。
空中に浮かぶ岩場に飛び移るというだけのゲーム性ですが、これがなぜかハマります。シューティングゲームではありませんから、敵はいません。華麗なアクションがあるわけでも、超絶的なコントローラーさばきを要求させるわけでもありません。ですが、ハマります!
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空中では3回まで連続ジャンプが可能で、その間に自機が兎や蝶、蛙に変化したりもします。岩場の上の庭園や草木など、そこはまさに東洋絵画の世界。気がつけば、何時間でもプレイしてしまうゲームに仕上がっています。
「このゲーム、本当にリラックスできる!」
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東洋美術は、常に「自然を愛する」コンセプトです。地形、気象条件、バイオーム等に人間のほうが身の丈を合わせるという発想で、自然のものに多少の手を加えることはあっても根本から別のものを置き換えてしまうことはしません。
一方で西洋美術は「自然と戦う」「ビフォーとアフターの差をできるだけ大きくする」という発想で、そこに旧来からあったものを劇的に作り変えてしまいます。
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しかし、人間はやはり自然の一部。そこにあったものを否定せず、自分たちがそれと融和するという考え方が東洋のアイデンティティーの土台になっています。
『TOKYO INDIE GAMES SUMMIT』の『点睛』ブースを訪れた人は、
「このゲーム、本当にリラックスできる!」
と、異口同音に評価していました。
心の安らぎの場
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この記事を書いている最中、日経平均株価が歴史的高値をつけているというニュースがテレビで放送されています。これは確かに良いニュースですが、同時に「気の休まらない日々」が始まるサイレンではないでしょうか。
右肩上がりに伸びる線グラフを目で追いながら、山と積まれた仕事をこなす「バブル越え」の日々の始まりです。しかし、人間は景気に合わせて内部構造を作り変えられる動物ではありません。「心の安らぎの場」をどこかに確保しないと、いずれは疲れ果ててしまいます。そんな中で本作こそが、21世紀中葉を控えた我々現代人に必要なゲームではないでしょうか。
朝日が昇り、夕日が沈み、その間にそよ風が吹いて木々が揺れる「自然の光景」を嫌う人はいないはず。美しい自然を水墨画風に再現した『点睛』は、勝利と高得点を第一とする他のゲームとはコンセプトが大きく異なる「東洋的な作品」と言えます。
『点睛』は、Steamでデモ版を公開しています。