
過去30年を振り返ると、ゲームのキャラメイクは異常なほど進化した。いま多くのゲームにて、ゲーム開始時にプレイヤーのアバターなどのキャラを作るシステムが実装されている。
だが実際にキャラメイクをやってみようにも、ものすごくたくさん用意されているパラメーターに戸惑い、思ったように作れない人は多いだろう。人間に鉛筆を渡してもすべての人が名作小説を書いたり優れた絵を描いたりできないように、すばらしいツールがあったとしても技術がなければどうしようもないのだ。
「しかし技術がなかったとしても、技術がある“専門家”に見てもらえばなんとかなるのでは?」そこでGame*Spark編集部は閃いた。「キャラメイクと言えば特殊造形……じゃあハリウッドで活躍するプロに技術を教えてもらえば、我々も、読者も神がかった造形のキャラを作れるのでは?」
なんだその理屈?やってもらえんの?そんな筆者の疑問や葛藤を差しはさむことなく、編集部はさっそく関係各所に連絡。なんとLA在住の特殊造形アーティスト・吉沢広大氏にOKをいただいた。海外で映画/ドラマの制作に関わる「造形師」として活動している、第一線のクリエイターだ。
……「OKをいただいた」ってほんとに出てくれるのかよ!そうして、リブート版『セインツロウ』に先駆けて海外向けに公開された、キャラメイク専用の『セインツロウ・ボス・ファクトリー』(以下、「ボス・ファクトリー」)という最先端のキャラ作りを実現するタイトルにて、特殊メイクのプロからヒントをもらえば誰でも神キャラが作れるのではないかという壮大な実験が始まった。なお、今回は海外版「ボス・ファクトリー」を用いて神キャラの造形に挑戦している。ちなみに本記事に美形キャラを作るヒントはない。
最先端のキャラメイクができる「ボス・ファクトリー」。しかし……
昔のプレイヤーキャラ作りは、いま振り返ると、とてもじゃないが深みのあるキャラができるものじゃなかった。8bitの昔は「→おとこ おんな」を選択するくらいで終わる単純なタイトルも少なくなかった。

時代が進むにつれ、だんだんと髪型を変えられたり、顔の細かい形を変えられたりと細かいキャラメイクの機能が実装されてゆく。
そのなかでも「ボス・ファクトリー」は類を観ないレベルで多くの部位をカスタマイズできる。体格はもちろん、歯に至るまでエディットできるのだ。
それだけではなく、男性や女性の骨格にしながら性器を男性・女性のものに変えられたり、義手・義足まで設定することができる。さまざまなジェンダーアイデンティティや、障害を持つ方など、現代の多様なプレイヤーを受け入れたキャラメイクが可能なことも「ボス・ファクトリー」を最先端と呼べるポイントだ。

そこまで豊かなキャラメイクも、肝心の“技術”が無いと適当な緑の皮膚を持つなんとか大魔王もどきに哀しい顔でプレイヤーを見つめさせることくらいしかできない。忘年会で面白くない上司や先輩がやるおもしろコスプレみたいなクオリティになりやすいのだ。
バカバカしさも受け入れる『セインツロウ』シリーズなら、忘年会スベリ芸のまま裏社会の頂点に立つのも世界観としてはアリだろう。でも、カッコいいキャラメイクでギャングの世界で勝ち上がるロールプレイを少しでも体験したいプレイヤーにとって、先輩の寒い出し物みたいなキャラでプレイするのは辛いのではないか。

そこで今回、吉沢氏の力を借りればリアリティがあり、かつ『セインツロウ』らしいめちゃくちゃさのある説得力あるキャラメイクができるのではないか? と考えたわけだ。
なにせ吉沢氏の実績は恐るべきものだ。「映画製作の仕事をしたい」と考えたことからアメリカの映画学校へ進学。映画の仕事を探すなかで、特殊メイクや特殊造形という分野があることに気づき、大学編入の際にアートの専攻に変更し、原型師の仕事を目指す。在学中に作品をさまざまな映画会社に送ったことで、現在の仕事に繋げていったとのことだ。
これまでに関わった映画では「アクアマン」や「マン・オブ・スティール」のほか、チームとして参加した「タミー・フェイの瞳」がアカデミー賞のメイクヘアー部門受賞。さらにNetflixオリジナル作品では「アーミー・オブ・ザ・デッド」のような特殊ゾンビ映画に加え、なんとあの「ストレンジャー・シングス 未知の世界(シーズン1)」にも参加している。今後公開予定の作品として、「アクアマン2」やザック・スナイダー監督のSF大作「Rebel Moon(原題)」にも関わっているという。
どうしてそんなすごい方が、Game*Spark恒例のどうかしてるPR企画にご参加いただけたのかは謎だが、ともかく吉沢氏の助けを借りれば我々もオスカー像がもらえるレベルのキャラメイクができるはずだ。
じゃあ実際に(俳優が特殊メイクされに来たというテイで)作ってみよう
さあ吉沢さん! その技術を……力なきGame*Spark編集部に貸してくだされ……「すいません、じつはそんなにゲームはやっていなくて。ゲームのクリーチャーデザインの話は周りにはあるんですけど」え? え? そうなの? 吉沢さんのお話を聞いていると、まったくゲームをやっていないわけではないけれど、最近のキャラメイクが活発なゲームはあまり触れていないらしい。
じゃあ吉沢氏が特殊メイクでキャラメイクするイメージしやすいように、「スタジオに誰か俳優がやってきて、いまからメイクしようとしている」というシチュエーションで進めるのはどうだろう? 実際に吉沢氏も「スタジオ側から俳優をキャスティングしてきた人に合わせて、特殊メイクを作っていくんです」とのことであるし。

キャラメイクの元となるデフォルトキャラクターには、いくつかのバリエーションが用意されている。そこで今回は、映画好きそうでいろいろあって俳優業を目指した風の好青年キャラを選択。……そうだな、彼をアンドリュー高野と呼ぶことにしよう。
アンドリュー高野くんはTikTokとかInstagramの芸やフォロワー数を元に、オーディションで主役級を目指したもののなんでかクリーチャー役の中の人に採用され、いまから特殊メイクを始めるみたいなシチュエーション……でどうですか? そういう感じで? OK? すいません、ありがとうございます。
プロが指摘する、強い印象のキャラを作るポイントとは
ともあれ吉沢さんが筆者の意図を汲んでくれたということで、実際に俳優が特殊メイクするプロセスについて教えてくれた。

「まず俳優の顔の型を取るんです。それを石膏で複製したものの上に特殊造形用の粘土を使って造形していくんです」吉沢氏は具体的な制作方法を解説してゆく。「特殊メイクでは、顔や皮膚の傷はかなり作るものですね」

なるほど……まずはベタだが、アンドリュー高野の顔に特殊メイクで傷を作り、伝統的なモンスターキャラであるフランケンシュタイン系を目指して進めていこう。髪はスキンヘッドにし、肌を腐った色に変え、傷のパーツを選択していく……それっぽい感じになってきてる。
「現場ではアプライアンスという傷を作るものがあって、特殊メイクアーティストの人が俳優の顔に張り付けて作っていくんです。僕はその造形物をスタジオで作る仕事をしていて、完成したアプライアンスを現場に発送するんです」。吉沢氏は現実の映画製作において、どのように「傷」のメイクが作られるか語ってくれた。
しかし吉沢氏の現場の話をうかがうと、やっぱり実際の特殊メイクは大変な仕事だ。「映画のデザイン画で細いゾンビやモンスターを渡されても、キャスティングされた俳優がマッチョな人だったりすると特殊メイクは大変なんですよ。足すことは出来ても、引くことは難しいですからね……」。吉沢氏は、そんな気苦労があったエピソードも話してくれた。なんだかワンボタンで体型ごとすぐ修正できるゲームをやってるこっちが恐縮してくる。

キャラメイクを進めていくと、吉沢氏は顔の造形におけるポイントを指摘してくれた。「顔の形を大きく変えられるのであれば、額や眉間をもうちょっと強調してみるのはどうでしょう?」
言われてみると、有名なモンスター映画に出てくるキャラは眉間まわりから強い印象がある。吉沢氏いわく「特殊メイクでは眉毛の上に強調させるアプライアンスをつけると、バンパイアのキャラクターの深い皺の眉間みたいにできるんです」とのことであった。
次に吉沢氏が指摘してくれたポイントは頬骨のパーツ。「このパーツのパラメータを変えるとどんな感じになりますかね?」と注意を払っていた。「唇ももう少ししぼませたほうがいいかも」
吉沢氏と一緒にキャラメイクを進めていくなかで印象的だったのは、目や唇といった目立つ部位よりも、頭の骨格周りを強調するアドバイスが多かったことだ。確かにその点を注意してキャラメイクを進めると、インパクトの強いキャラを作りやすい。「クリーチャーの特殊メイクは骨格の強調が大事になるので、頬骨や眉間、顎を強く作ります。ただ、リアリティを持たせるためやりすぎない程度にします」
吉沢氏のアドバイスに従って制作していくと、だんだんとアンドリュー高野が一般人から “化物”へと脱皮していくのがわかる。作っていくうちに “元ギャングのボスがゾンビ化とフランケンシュタイン化するも人間の理性を保っているキャラ”みたいな物語がある風になってしまったが。

ここでもっと化け物らしさを出すために、体型をモーフィングする機能も使ってゆく。骨格・筋肉・脂肪のバランスを直感的に調整できる機能もあり、キャラクターのイメージを強めるのに大きく役立っている。
ここで吉沢氏から再びアドバイス。「少し筋肉質にしたほうがいいですね」とのことだったので、ゾンビフランケンシュタインギャングらしさを確かにするために、骨格や筋肉を大きくする方向で調整。

最後にギャングっぽいワニ革のスーツを着せて完成。アンドリュー高野は無事、 “会話が通じないクリーチャーに見えるが人間の言葉も話も理解できる。でも、人間側が「見た目は怖いけどいい人なのかも」と思い始めたあたりでやっぱり皆殺しにする残酷なキャラ”になったと言えるだろう。
吉沢氏はキャラメイクの結果を見て「自分の携わった『アーミー・オブ・デッド』みたいですね(苦笑)」と語ってくれた。
よりストーリーを感じさせるキャラ作り

続いて2人目のキャラクターも制作。じゃあ次はこちらの貴美子クロフォードさんがスタジオに来て特殊メイクをきたテイでいきましょう。彼女はハリウッドで成り上がるためにまず清掃員から関係者に繋がろうと苦労してきて、なんとか今回の役を掴んだみたいな背景で……ってもういい? このくだりはいらない? ストーリーがあるほうがキャラメイクも身が入るんじゃない?
というわけで2人目のキャラ作りのテーマとして、先ほども少し触れた「キャラを見て、ストーリーを感じさせる」という方法を意識することにした。
吉沢氏のお話をうかがうと、主役級のキャラは作りこむ部分が多いという。「アップで映されることが多いメインのキャラは、やっぱり作りこまなきゃいけません。モブキャラはそんなにディテールまで作らなくても済むけど、メインキャラでは全身の特殊メイクを作る場合もありますので」
実際、ストーリーを感じられるように特殊メイクを作る面もあるようだ。
「最初は映画の脚本をぜんぶ読んで紐解いていくことで、 たとえば“どういう風に傷がついたか?”を語るストーリー性を持たせたりします。どの方向からどこを攻撃されたか? という情報も重要ですから、右と左の傷の位置も厳しく見ています」
その他には、映画会社側から提供されたデザイン画に沿って特殊メイクを作っていくという。そういった資料がない場合には自分で考えて作るそうだが、大作映画になるとデザイン画の数も多く、複数のバージョンを作って監督に確認してもらうそうだ。
つまり映画では細かな部分がカメラに映されることが多く、それらもストーリーを感じさせ、ある程度のリアリティがあるように作りこむ必要があるわけだ。『セインツロウ』シリーズも、作ったキャラがカットシーンで映画のように描かれることもある。その緊張感をキャラメイクに持ち込めば、よりクオリティの高いキャラになるはず……。

では、ハードなストーリーがあればあるほどキャラの印象は倍々ゲームのように強くなるのでは? ならば今回は “1000年後の機械生命が地球を支配する未来で、女性ヴァンパイアがサイボーグに変えられ、現代にタイムスリップして社会に送り込まれ、宇宙の未来そのものを変えようとする”――これくらい盛った設定なら、1+1が200になるくらい強い印象のキャラになるのではないだろうか。
「……盛りすぎかもしれませんね。『アーミー・オブ・デッド』のときもゾンビなんだけどゾンビじゃない超人とか、 “なんだこりゃ”と思いながら作っていましたし」吉沢氏は少々呆れていたが、まだまだ編集部につき合ってくれそうだ。キャラメイクの途中、そもそもどんなフィクションでもあんまり根拠のない設定を盛れば盛るほどチープに、B級になってゆくことに気付いたが、今回はいったん忘れることにした。
それでも吉沢氏は盛りすぎキャラメイクでいいヒントを編集部にくれた。「サイボーグみたいな設定なら、ドラマ『ウエストワールド』では“カウボーイで実はロボット”というキャラが西部劇の世界にいるみたいなケースがありました」
「よりマシーンみたいにするなら、顔は無機質な印象がいいですね。顔の調整で、白目にするとか。またはバンパイアっぽく眉間にシワを作ったりしてみてもいいでしょう」吉沢氏は、更にストーリーテリングを意識したアドバイスを編集部に投げかけてくれた。

そんな吉沢氏のアドバイスを聞きつつ、先ほどの顔の骨格を生かす調整をしたり、スキンのトーンをメタリックにしたり、細身を筋肉質にしたりしていくうちに……当初のアイデアからズレてきた。これは明らかに主人公じゃなくて、現代に生きる主人公を抹殺しにきた未来の女性マシーンヴァンパイアみたいな雰囲気だ。なんだこりゃ……これ、どんなストーリーになるんだ……。

最後は現代社会に潜伏しているというストーリーに合わせ、カジュアルな髪型と服装で仕上げる。顔がメタリックのままだが、日常では人間の皮膚に擬態してるという設定でいこう。
普段はスーパーのバイトをしていて、騒ぎを起こさないように食肉の生き血でなんとか飢えを凌いでいる……というストーリーでいこう。わかってる。それ超B級映画のストーリーだって。
結論・顔の骨格と描きたいストーリーに合わせたリアリティを押さえれば、いい感じのキャラが作れる

というわけで吉沢氏がポイントに上げた点を押さえれば、いろんなゲームでクリーチャー系のキャラメイクを目指したときにハイクオリティなキャラが作れるだろう。
最後に吉沢氏に、デジタルとアナログでの特殊メイクの違いについてもうかがった。現在、映画製作の現場でもデジタルが全盛だが、実際の現場ではどのようにデジタルとアナログを使い分けているのだろうか。
「デジタルとアナログの葛藤は、大きいですね。CGでやったほうがいいか、あるいは実物でやったほうがいいかの議論でVFXサイドと特殊メイクサイドがぶつかることもあります。お互いのいいところを取り合うこともあって、顔は特殊メイクで身体はCGというハイブリッドなやり方を選ぶこともありますね」。ただ昔ながらの特殊メイクの技術は「スターウォーズ」シリーズの新作などで再び注目されているとのこと。
「そうしたアナログの特殊メイクのファンはたくさんいらっしゃいます。やっぱりアナログは実物がそこにある“存在感”があるから、70年代や80年代の特殊メイクによるモンスター映画には視聴者の記憶に残るインパクトがありますね」
というわけで、吉沢氏のアナログによる特殊メイクの技術は、デジタルであるビデオゲームにおけるキャラメイクで強いインパクトを与えられるのかもしれない。特殊メイクで最も大事にしているのは「観察力と、物事を客観的に見る力を養うこと」と語ってくれた。これは、ゲーマーが真剣にキャラメイクへ取り組むときにも強い意味がある言葉だろう。
「ボス・ファクトリー」ではデフォルトキャラクターにアンドリュー高野や貴美子クロフォードだけではなく、巨漢のルーカス勅使河原や金髪女性のアメリア勘解由小路が皆さんを待っている。当然ながらその名前は筆者が勝手に考えたものだが、このように「素体にもバックボーンがある」と考えていくと、キャラメイクにさらなる奥行きを持たせられるかもしれない。彼らをスタジオに迎え入れたつもりで、自分の作りたいストーリーに合わせて特殊メイクするように作っていけば、より身の入ったキャラクターを作れるであろう。きっと。
『セインツロウ』ゲーム本編は、PS5/PS4/Xbox Series X|S/Xbox One/Windows(Epic Gamesストア)にて8月23日に発売予定。キャラメイクのみを事前に体験できる「ボスファクトリー」は海外向けに配信中で、国内向けにも近日リリースされる。
※UPDATE(2022/8/21 16:00):「ボスファクトリー」の日本語版配信時期についてはPLAIONの公式Twitterで続報を届けるとしています。
