働き方改革、コロナウィルスに伴うテレワーク奨励など、日本でも労働に対する新しい価値観が芽生えている最中。それでも、過労死ラインと呼ばれる限度を100時間も超えて働き続けている労働者がいるという報告もあり、未だ予断を許さない状況です。
というわけで今回は、2023年3月24日に配信されたストーリー主導型の2DドットADV、働いても働いても楽にならないサイトウさんが主人公の作品『MR.SAITOU』の気になる内容をお届けします。
『MR.SAITOU』とは
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本作は、Laura Shigiharaが開発したアドベンチャーゲーム。しがない下級サラリーマンの主人公・サイトウさんは、過労の末に入院した先で謎の少年・ブランドンと出会い、ひょんなことから彼が妄想したラマミミズとなって不思議な世界を冒険します。
どこか懐かしいツクール系のインディーゲームを想起させる作品であり、主な操作は移動と決定ボタンのみ。戦闘は一切ありませんが、程よい手応えのパズルと探索、それらが段々と結びついて真相が明らかになる答え合わせの快感と達成感のほか、贅沢なマップ素材がふんだんに用いられて表現された丁寧なグラフィックも見所のひとつです。
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また、本作は日本語が公式対応で実装されており、セリフや文章も何ら違和感のない自然で流暢な仕上がり。コントローラー操作もフルサポートの仕様なので、使い慣れた操作方法をお好みで選びましょう。
戦闘ナシ!短編だからこそ濃密なストーリー体験
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およそ3~4時間ほどのボリュームとされている本作は、作り手の側がプレイヤーにどうしても伝えたいメッセージを凝縮し、すっと心に入り込んでいくようなストーリー展開に特化しています。戦闘やキャラクター育成といった要素は設計から排除され、最高の物語を最高の形で演出すべく追求された形態。劇中の点と点を繋いでドラマとして完成させる役割をプレイヤーが担うことで、介入するゲームとしての本分も整えられていました。
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お手頃価格の短編ながら、余白らしいものが感じられない丹精な作り込みもあり、その納得の完成度には冒頭から驚きの連続。走る電車の窓から見える家々や遠くの山が何層ものレイヤーを駆使して描写され、まるで3Dのように滑らかに流れていきます。語らずとも伝わってくるサイトウさんの疲れた背中が映る間も、常に画面は細かく動き続けており、オープニングでプレイヤーの心がぐっと惹きつけられるのは間違いありません。
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実際のプレイパートでは、お馴染みのRPG視点でゲームが進行。移動して調べるというのが本作の基本操作そのものですが、画面上に見える小物などにはインタラクトが細かく設定されており、大抵のものは何かしら反応があります。主人公のサイトウさんは、特別に陽気な性格をしているわけではないものの、それぞれ違ったコメントを残してくれるのもプレイヤーとしては興味深いです。
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おそらくは、先のブランドン少年の創作生物であるラマミミズと化した後は、物語の本格始動とばかりにアドベンチャー部分が強くなっていきます。サイトウさんの前に数々の難問や障害が立ち塞がり、行ったり来たりしながらキーアイテムの捜索、わずかなヒントを頼りにギミックの謎を解いていくのは、自分で動かして解決するゲームならではの魅力が一段と輝く瞬間でしょう。
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攻略対象の謎解きは、高度な学力や知識を必要とする種類のものではなく、一連の法則性を見つけて当てはめていくタイプなので難易度は低め。純粋なゲームスキルや発想力が問われるので、パズル感覚で気軽に挑戦して上手く解くことができれば、すっきりとして後腐れのない気持ちでストーリーの続きに集中できます。
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サイトウさんはあまりぱっとしない平均的な容姿ですが、現実でも異世界でも相棒となるブランドンは、会話中に表示される立ち絵も含めて中性的な顔立ち。身も心も純粋無垢、慈善活動にも精を出す善良の化身であり、まだ幼いせいか裏表のない性格でサイトウさんにも接してくれます。本作の内容も、全体的に穏やかで優しいやり取りが続くので、誰かを露骨に攻撃することはしない気持ちの良い作風となっていました。
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ゆるいけど刺さる……サイトウさんたちの真相
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ちなみに、本作のストーリーを始めるにあたって、まず最初に飛び出してくるのが“自殺に関連する描写”に対する注意文です。オープニングで察しがついた方も多いと思いますが、そもそも、サイトウさんが病院で目を覚ますことになったのは、業務上の過労などで精神的に追い詰められていたことが原因でした。
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すでに、社会の歯車として酷使されていたサイトウさんは、異世界でも仕事漬けの生き物となって慌ただしい日々を送ります。大きな仕事を任せられたプレッシャー、上司からの頭ごなしの命令、飲み会などのサラリーマンの義務。それらに押し潰され、自分だけでなく同僚までもが壊れていくのを目の当たりにし、サイトウさんは悩み続けていたのです。
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しかし、そこへ再び現れたブランドンに救われ、彼の頼みを聞くという形でサイトウさんはついに仕事をサボること、すなわち“バックレ”を決断します。どんなに苦しくても働くことが当たり前、労働が美徳であることを刷り込まれ続けてきたサイトウさんは、子供であるが故に何物にも縛られないブランドン、異世界の住人たちとの交流を通して本当に大切なものを学ぶというのが本作の真のテーマだと感じました。
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その一方、いつも笑顔を絶やさないブランドンにも闇が存在し、いつも相手に合わせて自ら卑屈を演じるなど、他人のために躊躇なく自己犠牲を選ぶ本能が垣間見れます。加えて、両親のことを聞かれたのに、さりげなく祖母の話をしはじめたあたりで、それ以上の詮索は思い止まらざるを得ませんでした。本来は他人であるサイトウさんの病室に入り浸り、自立したオトナのような現実観を持つブランドンにも苦悩があるはずです。
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そうした二人の事情や関係性が終盤、どのような形で結実するのかは、クリアしたプレイヤーと神のみぞ知るところ。最初は割とライトな雰囲気で進んでいたと思ったら、ゆっくりと確実に伏線が張り巡らされていき、それが分かったときの衝撃と頷き様はミステリーに近いものがあります。
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そのあたりは、この筋書きを書いた何者かにまんまと踊らされたというか、手練れの奇策にはまってしまった感覚さえありました。それを短編である本作の中で急ぐことも遅れることもなく、絶妙な進み具合で淡々と語るのは、なかなかできることではないでしょう。
最初から最後までカジュアルな作風は変わりませんが、ゲームはストーリー重視で見るという方、推理物や緻密な小説のような厚い物語を好む方にオススメしたい作品です。
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スパくんのひとこと
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「仕事してない人でも泣けるから、安心してプレイするスパよ~~~~~」
タイトル:MR.SAITOU
開発元/発売元:Laura Shigihara、Morizora Studios
対応機種:Steam/ニンテンドースイッチ(同開発『RAKUEN:デラックスエディション』に収録。)
筆者がプレイした機種:PC(Steam)
発売日:2023年3月24日
記事執筆時の著者プレイ時間:2時間
価格:1,400円(Steam)