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『FINAL FANTASY XVI』には何度か食事のシーンが登場します。冒頭の宴会シーンでは ジョシュアが人参を避けるちょっと微笑ましい様子もありますが、その後に待ち受ける惨劇で親子最後の食卓になってしまいました。本作の食事シーンでは、肉の丸焼きや大きなパン、熱々のスープなど美味しそうな量が供されますが、現代では当たり前の「あるもの」がほとんど登場しません。なんだか分かりますか?
それは、ナイフ、フォークなどの「カトラリー」です。全くではないものの、モデルとなった中世欧州では、基本的には個人のカトラリーが用意されることはなく、ほとんどが料理を手掴みで食べています。逆に、王族などの高い身分くらいしか使っている人がいないのです。
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手を拭くときはテーブルクロスやナプキン、フィンガーボウルの水を使い、肉汁でベタベタになったまま酒を飲んでいたので、昔のゴブレットには滑り止めの突起が付いているものもありました。カトラリーが特にややこしいマナーのフランス料理でさえも、イタリアからカトリーヌ・ド・メディシスが嫁ぐまでは宮廷でも手掴みが当たり前。今では普通の「カトラリーを常備する」ということ自体が当時は特別な意味を持っていたのです。
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ナイフ
宴会に於いて料理を振る舞うということは、主催者と賓客で主従が生じることであり、料理の取り分けにも政治的な意味合いが生じます。メインとなるのはやはり肉料理であり、大人数に行き渡るだけの量を用意できるのは、優秀な狩人や大きな農場を抱えているという証左。それを主人が切り分けて与えることで、賓客へ「下賜する」形を作ります。当然、量によって序列が明らかになる場面でもあり、貶めたい相手に恥をかかせることもできるでしょう。中国の故事「牛耳る」と同様に、ナイフは食事の場を差配する者のみが握る、つまり権力を持つ証でした。後にゲストが自前の切り分けナイフを持参する習慣が登場し、カトラリーはそれぞれに用意する者に変化していきます。
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フォーク
フォーク自体は古代ギリシャ、ローマの頃には既に存在していましたが、ローマ帝国崩壊と共に西欧では廃れ、ビザンツ帝国やイスラム圏などに受け継がれます。交易で接触したイタリア都市国家に導入され、フィレンツェからフランス王家に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスが宮廷に伝えます。フランス宮廷で発展したカトラリーの使い方、ナイフとフォークで切りながら食べるという作法が標準になるかと思いきや、次の世代になるとフォークはまた使われなくなってしまいました。
初期のフォークはジョシュアが使っているような2本の長い串状で、すぐに落ちてしまうのが問題点でした。結局面倒で手で摘まんだ方が早い、となり、再度普及するのはまた少し後のことです。
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スプーン
スープなど液状のものは流石に手で掬えないので、スプーンは古代から使われていたことが分かっています。ローマ時代には青銅や銀などの金属製がありましたが、使うのは主に上流階級であり、これもローマ帝国崩壊と共に一旦廃れます。再度普及するまでは直接器から啜っていました。さらにスプーンは裕福のシンボルとしての性格を帯び、キリスト教の洗礼式の時に、魔除けの縁起物として銀のスプーンを贈る習慣が生まれます(Christening Spoon)。「銀の匙を咥えて生まれてくる」という裕福を表すことわざもありますね。
イギリス・ウェールズでは銀のスプーンを曲げて作った「スプーンリング」、木彫りのアクセサリーになった「ラブスプーン」というユニークな風習もあり、スプーンのギフトはカトラリーの中でも特別大きい意味合いを秘めています。
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なお、俗に「銀食器は毒の検出のために主流となった」と言われていますが、英語で検索した場合は必ず「朝鮮・中国の銀箸」が出てきます。確かに、中世のヒ素毒に含まれる硫黄で銀は変色するので見破ったケースもあったでしょうが、強くは意識していなかったようです。その代わり、蝦蟇から取れるという「トードストーン」や、珊瑚をカトラリーの装飾に使用していました。
今と同等のカトラリーが一般に普及し始めるのは18~19世紀になってから。ナポリの下町では第1次世界大戦の頃までスパゲッティは手掴みが当たり前で、当時の写真もたくさん残っています。中世の世界を観るときは、貴族と庶民の食習慣にも是非注目してみてください。