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3Dのフィールド描写が十分な環境が整い、現代に通じるオープンワールドRPGの形式が定まってきた2000年代。PCゲーム文化の中で、あるひとつのシリーズがジャンルの先駆けとして好評を博していました。
Piranha Bytesが制作した『Gothic』シリーズは3Dポリゴンで表現されたオープンワールドRPGの先駆けで、『The Elder Scroll』シリーズにも匹敵するとの呼び声もありました。2010年までに4作品がリリースされ、最終作の『Arcania Gothic 4(アルカニア ゴシック4)』はコンソール向けに展開され、日本語版も発売されました、しかしここでシリーズは途絶えてしまい、2010年代のオープンワールド流行の波に乗ることなく、日本でもあまり知られないまま埋もれることになりました。
それから14年の時を経て、シリーズは『Gothic 1 Remake』から新たなスタートを切ります。今回のリメイクに当たっては、Piranha Bytesは新たに『ELEX』シリーズを立ち上げているため、本作品が処女作となるTHQ Nordic傘下のAlkimia interactiveが担当します。
海外向けにはオリジナル版の『Gothic Classic』と『Gothic II Complete Classic』がスイッチに移植されており、2作品を同梱した『Gothic Classic Khorinis Saga』が6月27日にリリース。オリジナル版では対応していなかったパッド操作をサポートしており、今から遊ぶならこちらを入手する方がプレイしやすいでしょう。また、『Remake』に先駆けて冒頭部分を体験できる『Gothic Playable Teaser』も配信中です。
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『Gothic』はコリニス島の中にあるミルタナ王国が舞台。オークの軍勢との戦争が深まるにつれて武器の需要が増し、国王のローバーII世は魔法の金属が採掘できるコリニス鉱山を稼働させます。鉱員として囚人を動員し、魔術師の巨大な結界で鉱山は巨大な牢獄に変貌しました。しかし内部で反乱が起き、外からの制御が効かない無法地帯と化します。
プレイヤーはそこに放り込まれる一人の囚人として、主結界の中にある「Old Camp」「New Mine」「New Camp」の中からどれに入るかを選びます。その中の住人から仕事を引き受け、信頼を得ながら、託された巻物をある魔術師へ渡すのが当初の目的です。それが鉱山に波乱をもたらし、やがて結界からの脱出へと物語を動かします。
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2001年はPS2が発売して間もない時代でしたが、それよりも処理能力が高いPCでは少し進んだゲームシステムを実現していました。時間帯の概念や豊富なクエスト、所属する勢力の選択によるシナリオの変化と、オープンワールドの基本的な要素が『Gothic』には揃っていました。
『Gothic 1 Remake』では描写のスケールが大幅に拡張し、鉱夫として働く囚人達の様子がよく分かります。鉱山で働くとはどういうことなのか、鉱夫以外にどんな人達が従事していたのか。ここからは、中世ドイツの鉱山事情を記したアグリコラ「De Re Metallica」と日本語訳「デ・レ・メタリカ―近世技術の集大成ー全訳とその研究」、それを元にした「十三世紀のハローワーク」内「鉱山師」「鉱山奴隷」の項を参照しながら、中世における鉱山システムを紐解いていきます。
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大西洋奴隷貿易以前の「奴隷」は、今イメージするような苛烈な差別が加わったものではなく、人身売買はあるとは言え、奉公人を含む派遣労働者に近い概念でした。そんな古代文明時代からある奴隷が就労する中でも、間違いなく最悪なのが鉱山労働でした。
「鉱山に従事することは危険だ、鉱夫達はあるいは呼吸と共に吸い込む鉱坑の毒気にあてられえて命を縮め、あるい吸い込んだ塵芥が肺臓を化膿させる結果、労咳になってだんだん死んでしまい、あるいは山の崩壊に押しつぶされて非業の最期を遂げ、あるい坑の出入り梯子から縦坑深く墜落して足、腕、首などを折ってしまう。」
「このほかにもまた坑内が崩壊することがある。そして生き埋めになった者は死んでしまう。昔ゴスラー近郊のランメルスベルク鉱山が崩れたとき、記録によるとおびただしい人数が生き埋めとなって、1日に400人の婦人がその夫を失ったと伝えられる」
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ダイナマイトなんて上等なものはないので、基本的にツルハシと槌、ノミで岩壁を手掘りします。地下深くで太陽の光を浴びずに10時間近く働かされ、鉱毒で病むしかない環境はまさに地獄でした。そんな場所なので当然働き手には囚人も投入されました。『Gothic』の主人公もそうした囚人の一人で、鉱山社会の底辺から周囲の信頼を得てようやく物語が進みます。
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当てずっぽうを表す「山を張る」なんて言葉がありますが、これは元々鉱山を探す「山師」に由来するもので、当たり外れが大きいことから転じて賭けをする意味になりました。岩塩、鉄、宝石、金銀などなど、成功すればリターンは莫大ですが、事前調査や試掘にも莫大なコストがかかり、山師はパトロンを説得して出資を引き出さなければなりません。
当然詐欺も横行するので、鉱山師は一攫千金を狙う怪しいアウトロー的なイメージがついていました。しかし一方でアグリコラは鉱山師を「誠実な職業」とし、正しい知識と経験に裏打ちされていれば、鉱脈を当てることは決してギャンブルではない、熱心で忍耐強ければ鉱山業こそが正しい金を最も多く稼げると書いています。
状況が変わってきたのは土木技術が進んできた中世です。採掘の規模が拡大するにつれてより多くの人手を必要とし、一般市民の労働者も多く雇い入れるようになります。アグリコラの時代には奴隷は過去のものであり、鉱山労働者を大切に扱うことが求められました。
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「昼夜24時間が三交代に分けられて、一就業がそれぞれ7時間続く。各交代時間に挟まった残りの3時間は、鉱夫達が出勤したりあるいは帰宅したりする時間である。(中略)第3の就業は夜間作業で、(略)絶対に必要な場合にのみ当局が許可する。
(中略)
土曜日には鉱夫達は仕事をしないで、生活に必要ないろいろなものを買い込む。日曜および毎年繰り返す祭日にも仕事を休んで、その作業時間を教会参りにささげるのが常である」
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鉱山は町から離れた郊外にあるので、当然ながらそこにしっかりとした拠点を設けなければなりません。労働者だけでなく、全体の管理、物資の搬入など、一つの社会システムとして様々な職種があります。そのなかでも大きな力を持っているのが「鉱山監督官」と「徴税官」です。
中世の鉱山は株による投資、配当のシステムが出来ていて、業務が滞りなく行われているかを監督、株主に報告する必要がありました。そして、膨大な利益を生み出す工業は税収にも影響が大きく、国家からも厳しく見張られることになります。鉱山師が鉱脈を発見した際、まず監督官と徴税官に検分させます。その上で監督官に所有の宣誓を行うことで初めて採掘権を得たことになるのです。
監督官は定められた日に再度出かけて鉱脈の最初の発見者に鉱脈と鉱坑について次のようにたずねる。「どの鉱脈がお前のか、どの鉱坑が鉱石豊富か」これにたいして発見者は指でその鉱坑と鉱脈を指示してその所在を見せる。すると監督者は発見者に、巻き揚げ機の心棒の所へ寄れと命じ、右手の指2本を頭の上にのせて、はっきりと次のような誓いを唱えさせる。「私は神およびいっさいの聖徒にかけて誓い、証人にたてます。この好悪略は私の所有です。なおもおしこれが私のものでないなら、これは私の頭ではありませんそしてこの私の手は将来手萎えになってしまいます。」
鉱山の社会は都市の権力から離れているため、長官の次のポストに当たる監督官は自治における実務的なトップに位置していました。坑道の拡張の際にも、監督官の検分を経て許可をもらわないと掘り進めることはできません。掘って良い範囲や採掘のルールを守っているか、それを常に管理するのが監督官なのです。鉱山は独自の裁判権も与えられており、鉱山同士の境界でもめ事が起きることも多いので、その裁定を行うのも監督官の業務です。
徴税官は本来の職務である徴税に加え、経理などの鉱山経営の実務を担っていて、物資や資金の管理を行っていました。鉱山にはそうした管理職が多くおり、帳簿や議事録を管理する書記、スーパーバイザーとして鉱夫のケアを行う陪審員など、組織としてしっかり運営していたことは押さえておきましょう。
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「デ・レ・メタリカ」の貴重なところは、当時使われていた道具や機械の図が豊富に載っているところです。鏨や槌、梃や桶、台車など、詳細に描かれているので、ファンタジーの参考資料としても有用ですね。全体で数キロ規模に及ぶ坑道は、鉱夫にひたすら掘らせるだけでは成り立ちません。縦坑を降りて行くには昇降するリフトが欠かせませんし、掘った鉱石はかごに入れて地上まで引き上げます。鉱毒が溜まらないよう空気を送る鞴も必要ですし、浸み出てくる水のくみ上げ、それぞれに人員が配置されて人力で動かします。
鉱夫の種類は「デ・レ・メタリカ」で挙げられているだけでも、採鉱夫、積み込み夫、巻き揚げ夫、運搬夫、かき落とし夫、洗鉱夫、溶解夫があります。
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轆轤の把手は1人で回す。十字型の鉄棒は2人がかりで1人は引き、もう1人は押す。全てどの轆轤に働く者でも轆轤方は屈強な男で、激しい労働に堪えられる人でなければならない。
大きい機械となると、深さ240フィート、約70メートルほどの地下から引き上げができるとしており、馬を使った馬力で心棒を回転させます。これらの中でも水の汲み上げは特に大変で、常に稼働させないとすぐに坑道が沈んでしまいます。近場に川がある場合は水車を使って動かし続けられますが、そうでなければ誰かがつきっきりで働くしかありません。
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この機械を5人で動かす。1人が水門の扉を下ろして貯水池の水門を閉ざし、あるいは遠火らを御引いて水門を開く。(中略)2人の係が交互に水嚢をあける。(中略)足場の一方に立った係りが頑丈な鉄の曲がった鈎、つまり水あけのかぎを鎖の輪に引っかけ、鎖のその先の部分を足場に引き上げる。その間にもう1人が水嚢をひっくり返すのである。
これらの機械は設置からメンテナンスまで現地で行える人間が必要ですから、鍛冶師や大工も常駐しています。人員だけでなく坑道の補強のための資材や食料の運び込み、炊事担当もいるでしょう。さらには鉱石を選別、出荷できる形に精錬する作業も。鉱山と言えばツルハシ!一山当てるぜ!なんて単純な話ではなく、これだけの分業が整った堅実な企業という一面があったのです。
PS5/Xbox Series X|S/PC(Steam)向け新作『Gothic 1 Remake』まではまだ先になりますが、前述の海外版スイッチ版、プレイアブルティーザーとともに、オリジナルのPC版『Gothic 1 Classic』もSteam/GOGで配信中です。さすがに20年前のPCゲームなので、至れり尽くせりの今と違ってかなり不親切であることは否めません。行き詰まりも不具合も自分で調べてなんとかする、そんなPCゲームならではの苦労も含めて、原点に触れてみてはいかがでしょうか。
『Gothic 1 Remake』国内向け公式サイト